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いつか疎遠になったとしても

10年後 20年後 おばあちゃんになっても 私たち 友達でいられるかな?

TVドラマ『18/40』(TBS、2023年)第8話より

 学校という狭い箱庭の中にいると、「友達」はとても重要なもののように思える。そして、偶然できた「友達」を、学校から巣立った後も手放したくないと思う。「友達」とのつながりは、続くことが望ましく、疎遠になるのは悲しいことだ。私たちはつい、そう考えてしまう。

 しかし、本当にそうだろうか。「友達」をもつことの幸せとは、一緒に過ごしている時間それ自体であり、続くか疎遠になるかは巡り合わせと縁の問題なのではないか。

 ある物語を読みながら、そんなことを考えていた。


関係の相対性

 高松美咲『スキップとローファー』(『月刊アフタヌーン』にて連載中)は、東京の進学校における高校生活を描いたマンガである。主人公の岩倉美津未(みつみ)は、地元・石川県から高校進学を機に上京した。彼女が東京の進学校を選んだのは、「T大」を出て総務省官僚になり、地元のような過疎地の対策に取り組む、という将来設計があるからだ。
 とはいえみつみは、成績こそ優秀であるものの、勉学以外の場面では天然なふるまいが目立つ。そんな美津未をよく知るのが、地元の幼なじみ・遠山文乃(ふみ)である。単行本9巻では、ふたりの関係性をふみ視点で振り返るシーンがある。

 幼い頃から仲の良かったふたりだが、高校進学を前に互いに無視し合った時期がある。きっかけは、みつみが東京の高校への進学を志したことだ。受験と上京を親に認めてもらえた、と笑顔でふみに報告するみつみ。ふみはその言葉と表情を、「楽しそうやね うちのことは置いていくんに」と冷たく皮肉る。

わざと言うた
みつみちゃんがおらんくなったら うちの近所に同い年の子がおらんくなること 気にしたらいいと思った

高松美咲『スキップとローファー 9』(講談社、2023年)p.118

 しばらくの間無視し合っていたふたりだったが、その気まずさに耐えきれず、どちらからともなく和解する。ふみはみつみを応援し、みつみは希望通り上京した。

 そして回想は高校進学後へと移り、その後の関係性の変化が描かれる。
 1年生の夏。みつみはふみとの再会を抱き合って喜び、東京土産のトートバッグを「おそろいにしよ!」と渡す。一方、1年生の冬。みつみはお土産を東京に忘れ、「賞味期限間に合わないかも〜」とふみに謝る。ふみは笑って気にしないそぶりをしながらも、みつみの微細な変化を感じ取り、心の中でつぶやく。

素で標準語話すこと増えたなあ 
前みたく毎日は電話しとらんし 
それぞれが友達とか彼氏とか お互いのこと思い出さん日も増えるんやろうな

前掲『スキップとローファー 9』p.123

 ふたりはこの後も、時間が経つごとに自然と、少しずつ疎遠になっていくのだろう。ふみはその予感に気づいている。しかしふみは、以前喧嘩した時のようにみつみを引き留めはしない。
「でもそれでいいんやと思う」
 ふみがこう達観する背景には、みつみはいずれ自分とは離れたところに行く人間だ、という自覚がある。
 中学生の夏、友人数人で下校していたときのこと。「ねぇ最近知ったんやけどさ とんびがああやって旋回するのって」と話し出すみつみ。しかしその話は、そばにいた男子に「出た! みつみのウンチク!」と軽くあしらわれてしまう。そして話題は「なぁ大通りのとこ なんか工事しよるよな」「てかこの辺にもコンビニほし〜」と、生活圏の他愛もないことに流れていく。
 そんな光景を見てふみは思う。

心のどっかでは 
あーみつみちゃんにはもっと思いっ切り話せる人がおるんやろなぁとか 
大人になったら遠くに行って立派な仕事しとるんかもしれんなぁとか

同、p.119

 地元に残る自分とは異なり、みつみは地元の外で大成するべき人間だ。ゆえに、みつみはいずれ自分とは離れた場所に行くのだろう。それはわかっている。

わかっとったよ ほんでも高校まではあたりまえに一緒やろと思っとって

同、p.119

 しかし、主観は客観で説得できるものではない。わかっているけれど、わかりたくない。中学3年生、冬服にマフラーを巻く季節。東京への進学を認められ喜ぶみつみに皮肉を言ったのは、葛藤するふみのせめてもの抵抗だったのだ。

事実の絶対性

 一方、みつみはふみとのつながりをどう捉えているのだろう。みつみの捉え方は、至極単純で、そして明るい。
 高2の夏、みつみは高校の親友たち数人を誘い、自らの帰省を兼ねた旅行をする。海で遊ぶ一行のところに、ふみも現れる。初めて会うふみに「ふみちゃんだ!」「みつみちゃんの親友なんでしょ?」と話しかけるみつみの友人たち。「もうほとんど会えてないんに そんなふうに言うてくれとるんきゃ〜」と喜ぶふみ。その言葉にみつみはこう返す。

何言っとるん 頻度じゃないよ! 殿堂入りだから!

同、p.131

 みつみの言葉にふみは一瞬驚くも、少し頬を赤らめ、ほころんだ笑顔を見せる。みつみにとってふみは、「殿堂入り」の存在なのだ。

 高1の春、東京。みつみは高校の同級生と話すなかで、高校受験を振り返り、「ふみがいなかったらダメだったと思う」と回想する。
 中3の冬、石川。東京の進学校を志すみつみは、食事も喉を通らないほどのプレッシャーを感じていた。部屋着の甚平に、ボサボサの髪、目の下にはクマ。そんなみつみをふみは、「ギョーザ食べ行こ〜」と笑顔で連れ出す。
 「受験終わったらさー またここ来てギョーザ食べよ 落ちても受かっても」と言うふみ。みつみは「落ちたらなんもならんもん」と暗い。ふみは「世の中的にはねー」と返し、こう続ける。

でも挑戦したみつみちゃんにはでっかい意味があるし 
それを知っとるうちにもある

高松美咲『スキップとローファー 2』(講談社、2019年)p.24-25

 ふみの温かさにふれたみつみは、涙ぐみながらギョーザを味わった。
 このギョーザディナーの一件は、おそらくあの「ケンカ」の後だ。みつみは当時を振り返りこう語る。

自分のためにやってることでも 知っててくれる友達がいるのはうれしかったなぁ

前掲『スキップとローファー 2』p.27

 「頻度じゃないよ! 殿堂入りだから!」 みつみはふみのことを、純粋にそう思っている。どれだけ長く頻繁に続くかではなく、どんな出来事を共有してきたのか。みつみはその評価軸から、ふみのことを大切に思っている。「殿堂入り」というあまりにまっすぐなみつみの言葉によって、ふみもそのことに気づいた。

 ふみは、あの頃はいつもそばにいたのに今は少しずつ離れている、という〈関係の相対性〉を問題にしている。しかしみつみは、あの頃こういう(嬉しい)出来事があった、という〈事実の絶対性〉に焦点を当てている。時とともにふたりの関係性が変わったとしても、ふたりの間に起きた出来事自体は揺るがない。
 「殿堂入り」。みつみの簡潔な言葉によってふみは、今も自分がふみにとって大切な親友であることを確認できたのだ。

いつか疎遠になったとしても

 私たちが友と疎遠になることを悲しむのは、「今疎遠になっていること」を「あの頃仲が良かったこと」と比べるからだ。だがそもそも、「あの頃仲が良かったこと」(過去)と「今疎遠になっていること」(現在)は別の問題ではないか。
 過去に起きた出来事が後から変わることはない。今疎遠になっているとしても、あの頃仲が良かったこと(そして当時あった出来事)の価値が下がるわけではない。

一瞬の光が重なって 折々の色が四季を作る 
そのどれが欠けたって 永遠は生まれない

欅坂46「二人セゾン」(ソニーミュージック・ジャパン、2016年)

 友人関係は、偶然の出会いをきっかけに始まり、関わり合いを積み重ねるなかで少しずつつくられていく。「一緒に数日間の旅行に行った」「大事な場面で深い言葉をもらった」といった特別なエピソードがあるとしても、それらは他愛もない日常を積み重ねた上にあるものだ。
 何気ない日常のなかで共有する、普通の時間、普通の会話の積み重ねこそが、ふたりの関係を少しずつ、そして確実に、知り合いから友人へ、そしてかけがえのない親友に変えていく。

一緒に過ごした季節よ 後悔はしてないか?

前掲「二人セゾン」

 何より大切なのは、この問いに明確に ”No” と答えられるかどうかだ。ふたりが確かに近いところにいたあの頃、共に過ごした時間。それが楽しいものだったと思えるかどうか。その後ふたりの関係が続こうとも途絶えようとも、あの頃確かに紡いだ時間の尊さは変わらない。

 友人関係とは、両者に無理のない関わり方ができてこそ、満足できるものになる。関係が続くのか、疎遠になるのか、はたまた再会するのか。それらは縁とタイミングの問題であり、自然な成り行きに任せればいい。時が流れれば、それぞれの生き方や価値観も変わる。関係の継続も疎遠も再開も、流れに身を任せればいい。そういうふたりなのだから。

 10年くらい会っていない昔の親友を思い出しながら、そんなことを考えていた。

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