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苦しみの全てをゼロにできるのか~安楽死制度を議論する手引き00

これから数か月をかけて「安楽死制度を議論する手引き」を連載記事として書きたいと考えている。この記事はその序文であり、今後の方向性を示すものである。

安楽死を求めた二人の物語をつづった『だから、もう眠らせてほしい』の公開、そして書籍化から2年。

国内では安楽死制度の成立を求め、それに賛成する声も多い中、国民的議論としてはほとんど進展をみせていない。

安楽死制度の話題が出るたび、「もっと議論を深めるべき」「いまの日本では時期尚早」という結論が繰り返されるが、「では具体的にどのような論点で議論を深めるべきか」「いつになったらその『時期』が来るのか」について言及された記事、ましてや具体的にその議論を進めるためのステップについて述べられた記事はほとんど見ることは無い。

僕は緩和ケアに従事する医師として、日本で安楽死制度が成立することについては慎重な立場である。
しかし一方で、いずれは日本でも安楽死制度が使えるようになった方が良いと考えている。それは、『だから、もう眠らせてほしい』で出会った吉田ユカをはじめ、安楽死制度があったほうが良い人、というのは少なからず存在するからだ。
少数であっても、「死を自らコントロールすること」がその方々にとっての最大の幸福追求とされる以上、僕らはその権利について(他の国民の権利を侵害しない範囲内で)検討する必要がある。問答無用で「反対」とだけ述べることは、そういった方々が求める生き方の表現を、多数派の権力をもってつぶす行為と言える。

論点がバラバラなことがひとつのネックとなっている

国内において、安楽死制度の議論が深まらない原因はいろいろあるが、そのうちのひとつに「論点が整理されていないこと」があげられる。

いわゆる賛成派と反対派が議論をするとき、例えば「日本人の民族的特性(同調圧力など)が制度運用に向かない」など反対派が主張したとして、それに対し賛成派が意見を述べて反対派の旗色が悪くなると、すぐに「すべり坂理論(一部の安楽死制度を許容すると対象者や規制緩和がどんどんと拡大していってしまうこと)」の話題に変えてしまったりする。

日本人の同調圧力の強さについての議論と、すべり坂理論はもちろん全く別の論点があるし、その対策も別である。居酒屋談義なら良いが、きちんとした建設的議論を試みている場においてはこういう議論の進め方では何も深まらずに終わってしまうものだ。その結果として「今日は皆さんから様々な意見が出ましたね。答えがあるものではないので、これからも議論を続けていくことが大事ですね」なんていう、全く具体性もなく、世の中を一歩も先へ進めないセッションが延々と繰り返されるだけになってしまう。

議論の進め方:未来に安楽死制度を作るならば、の前提から入る

安楽死制度の議論を行う時、まず前提とすべきは「もし未来に安楽死制度を作るならば」から始めることだ。
安楽死制度に反対する理由としての「日本には安楽死制度は必要がない」という見解は、先に述べたように「制度があることが最善(今は制度が無いため次善に甘んじている)という人が存在する」という事実によって否定される(それを裏付ける研究結果も存在するため、今後の連載の中で示していく)。
このことから、安楽死制度を全否定する論調はそもそも分が悪く、建設的議論となり得ない。これからの議論は安楽死制度を作ることを前提として「では実際に制度を作るうえでどういった点が懸念点であり、それはどのレベルでクリアされる必要があるのか」を明らかにしていくべきなのである。その線で議論を進めるなら、いわゆる反対派は「現状の日本では○○が達成できないため制度化は困難。その達成のためには××の施策を△△のデータに基づき~~の数値目標まで引き上げる必要がある」など具体的かつ意義のある提言ができるだろうし、賛成派はそれへの反駁として「○○は現状でもほぼ達成できている。その根拠は□□のデータで示されており・・・」など、根拠に基づいた議論ができるだろう(その具体例についても今後の連載の中で示していきたい)。

目次および論点

では、具体的にどのような項目を主題としていくのかを箇条書きで挙げていく。もちろんこの項目は執筆開始時点での構想であり、連載を続けていくうちに増減もするだろう。また、できる限り1項目に1つ「論点」を明示していきたいと考えている。この「論点」をひとつひとつ掘り下げていくことが、国民的議論へ進んでいくことの助けとなることを期待したい。

なお、今後の連載は一記事ずつ有料※となるため、全ての連載を追いたいということであれば、有料マガジン「コトバとコミュニティの実験場」へ登録していただくようお願いしたい。
※公開後、数日間は無料公開。その後は有料。記事が出そろった時点で書籍化する可能性あり。

【項目】
①安楽死制度を求めていくために必要な3要素
論点:安楽死制度は必要性があることは事実。考えるべきは「どう運用するか」「いつ制度化可能か」

②安楽死だけが「安らかで楽な死」ではない
論点:いわゆる「安楽死」をどのような言葉で定義するか
論点:緩和ケアがどこまで充実すれば安楽死制度は可能となるか
論点:医師による積極的安楽死は許容されるか

③患者の権利法とポジティブ/ネガティブリスト
論点:医療行為のうち、何をポジティブ/ネガティブリストに含めるべきか

④安楽死はどれほどの時間を縮められるか
論点:安楽死制度を作るうえで「余命項目」は必要か

⑤安楽死は誰でも可能とするのか
論点:安楽死制度を作るうえで「疾病項目」は必要か

⑥いまの意思と過去の意思、どちらが大切?
論点:事前指示書に記載された内容は、「今現在の意思」と考えるべきか

⑦子どもに独立した意思を認めるか
論点:未成年者の安楽死への希望をどのように取り扱うか

⑧誰が安楽死を行うのか
論点:安楽死を実行/介助する資格を全国の医師全員に認めるべきか

⑨他人に「死の希望」を評価されたくない
論点:医師の手を介さずに安楽死制度を利用できる道を用意すべきか

⑩安楽死制度を議論する上でのタブー
論点:議論に国家・個人的信条・社会的慣習などを持ち込ませないためには

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