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短篇小説「ブルーレットをおくだけで」

 そうブルーレットは、おくだけで良いのである。

 ではいったいブルーレットをおくだけで、何が起こるというのか?

 便器が綺麗になる? そんなのは当たりまえだ。

 ブルーレットをおくだけでもっと様々な変化が起こらないのなら、わざわざ『ブルーレットおくだけ』なんていう、思い切った商品名をつけるはずがないではないか。

 つまりブルーレットをおくだけで、世の中にはあらゆることが起きている。もしもあなたがブルーレットをおいていなかったら、あるいはおくだけでなく余計なことをしていたら、きっと起こらなかったであろうことが。

《ブルーレットをおくだけで、恋人ができました》

 これは実のところ、最も多く寄せられている効果報告である。順調に結ばれれば、二人の結婚は「おくだけ婚」と呼ばれる。

「ブルーレットって、おくだけでいいよね」
「うん、いいよね」

 これ以上手っ取り早く意気投合できる会話があるだろうか。

「ブルーレットって、おくだけでいいよね」
「そう? 私は念のためこすり洗いしちゃうけど」

 こういうカップルは今すぐに別れたほうが良いのは言うまでもない。つまり『ブルーレットおくだけ』は、「恋の試金石」なのである。

《ブルーレットをおくだけで、宝くじが当たりました》

 全国のブルーレッターからは、この手の幸運報告も数多く届けられている。いやむしろブルーレットの洗浄力により、「“うん”を落としてしまっているのでは?」と考えるむきもあろう。

 しかしこれは「“うん”を落としている」のではなく、「“うん”の流れを良くしている」と考えるのが正しい。ブルーレットをおくだけで、おいた人間の周囲にある「運気の流れ」が飛躍的に向上し、良い運を呼び込み悪い運を吐き出すという理想的な「“うん”のサイクル」が作り出されるのである。

 ただしいかに「“うん”のサイクル」を良くしても、何兆円単位の利益を上げるのは不可能とされている。文字通り「億だけ」とのことである。

《ブルーレットをおくだけで、戦争がなくなりました》

 いわゆる「ブルーレットの平和利用」というやつである。残念ながらいまだ世界平和が実現したとは言いがたい状況だが、部分的な平和に『ブルーレットおくだけ』が貢献しているのは間違いないと言われている。

 だがこの事実の証明が難しいのは、むしろ「ブルーレットをおかなかったこと」が原因で、様々な戦が起こったと目されているためである。

 近年の研究によれば、桶狭間に張られた今川義元の陣の厠には、ブルーレットがおかれていなかったという。そしてその義元を討った織田信長も、のちに「本能寺の厠にブルーレットをおき忘れる」というただ一点の致命的なミスを犯したために討たれた。

 関ヶ原に布陣した石田三成軍の厠にはブルーレットがおかれていたが、陣を訪れた小早川秀秋の小姓が良かれと思って便器を丁寧にこすり洗いしてしまったため、その主君である秀秋が急遽変節し、豊臣政権の終焉という悲劇を招いた。

 いずれの場合も、ブルーレットをおくだけで(そしてこすり洗いさえしなければ)穏やかな和睦が成立したであろうという見立ては、いまや歴史学者の間では常識となっている。

 やはりブルーレットはそう、おくだけで良いのである。

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