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真理を探究し続ける漫画家・山下和美が描く美少年の物語は、『火の鳥』を彷彿とさせる『不思議な少年』

【レビュアー/本村もも】

こんにちは。今日ご紹介するのは『天才柳沢教授の生活』『ランド』などの数々の有名作品を生み出している、山下和美先生の『不思議な少年』です。

山下先生の作品は常に「人間とは何か?生きるとは何か?」という真理を問うもので、先生は漫画家でありながら哲学者でもあるのです

たとえば『天才柳沢教授の生活』では、主人公の柳沢教授はとある大学の経済学部の教授、という権威にありながら、娘や孫娘といった家族、あるいは偶然知り合った人々の当たり前の日常から、自らにとって新しいものを見出し、それを探求します。

人間に対する飽くなき好奇心を持って、知らなかったことを知ることに喜びを感じる柳沢教授。彼の目を通した世界は人間の面白みに溢れていて、そんな人間社会で生きることを、何よりも柳沢教授は楽しんでいます。

余談ですが、高校時代に初めて『天才柳沢教授の生活』と出会った私は、柳沢教授の見る世界に憧れ、「柳沢教授の専門だから!」という理由で経済学部を目指そうとしていました。

「生きるとは」謎の美少年が投げかける問い

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する『不思議な少年』は、あらゆる時代や国の、人間の前に現れる美少年が主人公です。

本作も『天才柳沢教授の生活』と同じく連作の読み切り作品ですが、時代や国が物語ごとに異なるため、不思議な少年が人間の前に現れるということ以外は、毎回違う設定で物語は進みます。

不思議な少年の姿はいつも同じですが、物語によって名前は異なり、そして彼には「死」が存在しないため、どうやら人間とは別の、神に近い存在であるようです。

人間とは別の存在である少年が、人間という生き物に好奇心を抱き、面白がりながら、時に手を差し伸べ、その人間の運命を変えたり、人生の気づきを与える。

どこか『火の鳥』を彷彿とさせる本作は、読み手にとっても「生きるとは」を否応無しに考えるきっかけになるものが多くあります。

神の想像をも超える、人間という生き物の魅力

私が『不思議な少年』で一番好きなところは、神に近い存在の不思議な少年に対して、人間側から大きな気づきや、無力感を与えることがときたまあること。

例えば「無知の知」で知られる古代ギリシアの哲学者、ソクラテスが死刑を宣告され、その刑を甘んじて受けようとするソクラテスの前に、不思議な少年が現れ、ありとあらゆる手段でソクラテスが「死」を受け入れることの無意味さ証明しようとしますが、最終的にはその手段によって、ソクラテスに論破されてしまいます。

しかし論破されたことによって「無知の知」を理解した少年は、人間に対する好奇心を強め、また新たな人間の前に降り立っていきます。

山下和美先生が描く『不思議な少年』の物語は、決してハッピーなものばかりではなく、人間の醜さや愚かさを描いた後味の悪い、やるせない物語もかなり多いです。

それでも「人間ってなんて奥深くて、意味がわからなくて、そして最高に面白い生き物なのだろう」という、人間に対する好奇心を沸き起こさせてくれるのは、哲学者である山下先生が、誰よりも人間に希望と可能性を見出しているからなのだと思います。