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「王子様とのロマンチックな恋」をいい意味で裏切る、姫の合理的で現実的な恋の実らせ方『赤髪の白雪姫』

【レビュアー/bookish

主に少女をターゲットにしている少女漫画にとって、ヒロインをどう設定するかは共感を生むために重要な要素です。

元気な子にするのか、おとなしい子にするのか。

どういう家庭環境にするのか。

相手との出会いはどうするのか。

その中でも、新しいヒロイン像のひとつを見せたと思うのが、あきづき空太先生の『赤髪の白雪姫』(白泉社)です。

本作は王子様がヒロインの「白雪姫」を見つけ、恋を成就させていく物語なのですが、王子と距離を縮めるために求められるのは、なんと専門職につき職業人としての実績を積むことなのです。

居場所を作るために専門職を目指す

生まれつき赤い髪であるという、人とは違った特徴を持つヒロイン・白雪。その特徴が理由で母国を追われ、逃げ込んだ隣国のクラリネス王国の森の中でその国の第二王子・ゼンに出会います。

ゼンやその側近らと徐々に親交深め、今後も彼らと一緒にいるためにはどうすればいいのかを考える白雪。その結果、白雪の選んだ手段は「宮廷で働く薬剤師になる」というものでした。

少女漫画において、特に身分差のある2人の接近を描くときに「その2人を近づけるためにはどうするか」というのは重要な要素です。

よくある物語のパターンの一つは、身分が高いほうが身分を隠して街に出てくるというもの。その他には、身分の低いほうが不自然に身分の高い人のそばに行き、徐々に認められていく、というものがあります。

しかし『赤髪の白雪姫』で白雪が選んだのはそのどちらでもなく「正式な手段で王子に近づける居場所を作る」という、新たなパターンでした。

白雪には薬草に詳しいという特技があります。その彼女に物語の序盤で作者から与えられるのは「社会的に傍にいるために、薬剤師の試験を突破する」という試練です。(もちろん彼女は見事合格し、宮廷薬剤師として就職します)

もちろん身分差のあるゼンと白雪の恋には、ゼンの兄である第一王子や貴族からの妨害もありますが、そうした周りの厳しい目を覆すのも白雪による「薬剤師として役に立つことを示す」というものでした。

必ずしも一緒にいるわけではない

ゼンと白雪の物語の進展で興味深いのは「必ずしも2人は常に一緒にいるわけではない」という状況です。

ゼンは第二王子として、白雪は宮廷の薬剤師として、それぞれやるべきことがある。その役割をおろそかにしてはゼンの兄だけでなくほかの貴族からも2人の在り方を認めてもらえないーーこのことを2人は自覚していて、遠距離でそれぞれ相手への思いを深めながら、職業の部分ではぞれぞれ着実に実績を積み上げていきます。

ゼンと白雪のやりとりはもっぱら手紙で、本当にごくまれに直接会えるぐらい。ヒロインとその相手がここまで側にいない作品は珍しいなと思います。

このように書くと、シビアな物語に見えますが、ゼンと白雪のそれぞれが直面する事件のひとつひとつはよく考え抜かれており、それぞれ個別のエピソードとして面白いもの。

ゼンと側近らの絆、第二王子という立場の難しさ、宮廷闘争などを交えて、ゼンと白雪がそれぞれの立場にふさわしい力をつけていく姿が丁寧に描かれます。ただそれぞれの事件の解決に対して、ゼンと白雪が必ずしも同時に関わるわけではないというだけです。

友愛は必ずしも恋にはならない

『赤髪の白雪姫』が面白いのは、物語の一部としてゼンと白雪の恋愛を描きながら「恋心は必ずしも成就するわけではない」という現実も突き付けられるところです。それはゼンの側近のミツヒデと木々の物語として描かれます。

近衛兵団からゼンの側近に抜擢されたミツヒデと、子爵令嬢でありながらゼンの側近として働く木々。

物語を読み始めた当初は、「きっと木々とミツヒデの恋物語も傍流として描かれるのだろうな」とふんわり思っていたところ、求婚する木々に対し、ミツヒデは相棒としての思いが強く女性として見られない求婚を断ります。このあと木々は、別の男性と婚約することになります。

少女漫画の恋愛物語においては、ヒロインのライバルなどもしかり、必ずしも全員の恋が成就するわけではないのは定石です。

しかし、仲間としての意識の強さが恋愛関係の妨げになるというのを明確に書いているのは珍しいと思います。

利害の対立する相手をどう納得させるのか

遠距離恋愛が続くゼンと白雪ですが、物語を読んでいる間は2人が離れていることはほとんど感じさせません。それは漫画の描き方もですが、ゼンと白雪の2人の問題に対して向き合う姿勢が共通しているからともいえます。

ゼンと白雪がそれぞれ直面する問題への取り組み方は「利害の対立する相手をどう納得させていくか」という普遍的なテーマに則っています。

ゼンも白雪も「第二王子」、「第二王子のお気に入り」などという先入観で見られやすい。ともすればその立場だけで問題を解決できそうなときでも、あえて、そのラベルを剥がした上で、人と人との付き合いを求め、本心を聞き出し、抜本的な解決策を導き出します。時間はかかっても、最終的に2人の本質を見る人が増え、味方を広げていくことになるのです。

ということで、「王子様と身分違いの恋愛物語でしょう」と思って敬遠している方にこそ、プロジェクトマネジメントのテキストとして是非読んでいただきたいと思います。