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きっとあなたも遠い昔に失ったものを思い出す。『BEASTARS』

こんにちは!東京ネームタンク代表のごとう隼平です。

漫画文法を広め、漫画作りをもっと楽しいものにしていくために、マンガスクリプトドクターとしてYoutubeも更新中です。漫画家視点から、漫画の制作側から見てオススメの漫画を紹介して参ります。

今回ご紹介する漫画は…。『BEASTARS』(ビースターズ)

2019年の10月からアニメも放映され今注目の作品です。

名だたる賞もたくさん獲得しています。

『このマンガがすごい! 2018』オトコ編第2位
第11回マンガ大賞 大賞
第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 新人賞
第22回手塚治虫文化賞 新生賞
第42回講談社漫画賞 少年部門
(「ウィキペディア」より)


また作者の板垣巴留先生は同じく週刊少年チャンピオンの看板作品『グラップラー刃牙』の板垣恵介先生の娘であることでも話題ですね。チャンピオンに親子対談が特集されてもいました。

今回記事を書くにあたって親子作品を比較することも一瞬頭をよぎったのですが、この作品の前ではあまりに野暮。今回は『BEASTARS』から、他の漫画にはない唯一無二の魅力をお話しします。

ファンタジー作品と思わないくらい、リアリティーのある世界観

本作の魅力はその世界観にあるという事は、この作品を読んだ誰もが認めるところだと思います。本作の舞台は名門校での学生生活です。生徒たちは、言葉を喋り制服を着こなす草食動物と肉食動物。私たちの現実社会とは違うファンタジーの設定なのですが、そこには生々しいほどのリアリティーを感じさせられます。

その理由は「負」の部分がしっかり描かれているから、ではないかと思います。

作品の冒頭から学園内で食殺事件が起こり、肉食動物は草食動物たちから避けられます。ファンタジー作品をどう描くかは漫画家の自由。仲良しのどうぶつの話など、ただ幸せな世界を描いたって問題ないはずです。

しかし『BEASTARS』の世界では、仲間の中に食う食われるの関係、そして不条理があります。

これによって「この作品は空想や妄想の世界を書いているのではなく、夢もあれば絶望もある現実世界となんら変わらない世界だ」と感じることができます。

避けられた肉食動物たちが「2、3日すればケロッと忘れるよ。」と言うのもまた、私たちの世界にもある切なさを感じます。こんなちょっとした表現も『BEASTARS』のリアリティーに一役買っていると思います。

新しいヒーロー像の主人公・レゴシ

漫画でも映画でも、ヒーローの描かれ方には特徴があります。その中には「ヒーローの本当の気持ちは描かれない」という点があります。悟空もルフィも強敵を前にして不敵に笑いますよね。「いまどんな気持ちなの?何を考えているの?」と読者に興味を持たせる所が、物語におけるヒーローの描かれ方だと思います。

本作の主人公であるハイイロオオカミのレゴシも、ヒーローならではの演出がされているのですが、よくあるヒーローと違う表現がされています。

第1話では、周りの生徒たちの反応からレゴシの人物像を描写していくのですが、レゴシの本当の気持ちはそのラストまで描かれません。

本作のポイントは、この主人公・レゴシが、読者が不安になってしまうまで怪しく描かれていること。読んでいると「レゴシ……。こいつ何者なんだ……。まさかこいつが食殺事件の犯人……?」と疑ってしまいます。ここまで主人公を不気味に描いた作品は珍しいです。このような見せ方をすることで、草食動物から見たハイイロオオカミの恐ろしさを効果的に読者に伝えています。

レゴシの動機が、青春時代と重なっていく。

この作品のポイントは、主人公・レゴシの「求めるもの」です。

どんな物語にも、主人公には必ず物語を進める「動機」があります。強くなりたいとか、父親に会いたいとか、恋を実らせたいとか、求める物事に決着をつけるまでが「ストーリー」となっていきます。では、主人公レゴシは何を求めているのでしょうか。

実は、作中でレゴシの動機ははっきりと明示されていないんです。

でも読者は徐々に気付いていきます。

大型の強い肉食動物であるレゴシは「この世界でどのように在るべきか、その答え」を求めている。物語としてはかなり渋い……。と思います。

「この世界でどのように在るべきか」という自問自答は、きっと誰もがした覚えがあるのではないでしょうか。たとえば、人間なら誰でも持っている性欲を「綺麗に隠して見せない社会」と、その裏で「大きく存在している風俗業」が存在しているという事。切り離そうとしても、簡単に切り離せない愛と性の事。『BEASTARS』の世界観と重ねるのは容易です。

まだ何者でもなかった自分が、この世界への戸惑いをどう受け入れて、どう自分を作っていったのか。大人になるといつの間にか気にならなくなっている。その切なさを、レゴシは思い出させてくれます。

SNS時代を経て「自己肯定」に注目が集まる今、肯定するならその前に自分をよく知らなくてはなりません。レゴシを通して、忘れてしまった悩みや葛藤を思い出し、もう一度人間の持つ本能と社会性を一から見つめ直す。それも生々しいリアリティーを伴った追体験を持ってして。これこそが『BEASTARS』唯一無二の魅力と思います。

11巻で冒頭からの事件が一段落するので、ひとまずここまで読んでみるのがおすすめです!

WRITTEN by ごとう隼平
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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