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そのとき彼は何を考えたのか。『10年引きこもってた人が外に出たようです。』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/工藤啓

先日、内閣府が「若者の生活に関する調査」を発表したのは、15歳から39歳で「引きこもり」にあたる人は54万人であるという推計でした。前回調査より減少しているものの、7年以上の引きこもっているひとが34.7%と多く、長期化の傾向が見られました。

そもそも「ひきこもり」には年齢の定義がないため、若者の問題を直接指し示すものではありません。今回の調査発表でも、なぜ39歳までなのか。高齢化するひきこもり問題をしっかり調査すべし、の声も多くありました。その「なぜ」の理由は、調査主体が内閣府の青少年関連部署だからであり、その調査報告書名も「若者の生活に関する調査」です。

若者支援分野に限って言うと、自宅から外に出ることが難しい状況にある若者に対するアプローチは大きく二つに分かれています。

ひとつは「待つ」派。とにかく本人のエネルギーや外に出たい気持ちが強くなるまで見守ります。もう一方が「積極的介入」派で、ご本人とご家族の同意を得て、ご自宅に訪問します。最初は玄関まで、次に居間。許可が得られたら自室のドアの前でと、少しずつ物理的距離と心の関係性を縮めていきます。

少し前、ご本人の部屋の扉を破壊して入っていった映像が大変問題となりました。そういう業者がいることも事実でしょうし、その手法に頼る保護者などがいることもまた現実です。ただし、手法として容認できるものではありません。

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本作品は、10年間自宅から出ずに漫画を描き続けてきた著者が、定期的に来る罪悪感と自己嫌悪、その先にイメージされる他者への攻撃性を憂慮し、「外に出られるようになるしかない」と自宅の扉を開く。

ここで描かれる主人公の言葉が、類似の経験を有するひとたちから聞かれる、数年ぶりに外出してみたときい感じたものとかなり近いのだ。もちろん、それはほんの一部のひとの言葉かもしれませんが、私も何度も聞いたことがある言葉です。

外出は、なるべくひとが多くない時間帯が選ばれます。それは早朝や深夜、日中であれば企業人や学生が往来しない時間です。行き先も比較的ひとが少ない場所が選ばれますが、一方、雑踏に紛れ込む方が楽といった若者もいました。

しかし、長期に渡って孤立していると「人酔い」するらしく、多くのひとが集う場所やバス・電車内では動機が激しくなったり、気持ち悪くなったりするようです。

本作品のよいところは、10年という長期間自宅から出ることのなかったご本人が著者となって、その想いをわかりやすく漫画にしておられること。そして、その経験・体験が「ひきこもり」状態にあった若者の一部と共通性が高いこと(少なくとも私はそう感じます)。

それ故に、友人やご家族、近親者でなくとも「ひきこもる」状態と、そこから一歩外に踏み出すことがどういうことであるのかを理解する参考書となることだと思います。

今後の展開はわかりません。関係性において、家族や友人、見知らぬ支援者が出てくるのかもしれません。学校や職場への(再)参入へと話が広がるのかもしれません。また自室から出られなくなる可能性もあり得ます。

どのようにストーリーが進んでいくのか知り得ませんが、ひとつだけ伝えたいことは、ぜひ、この作品がもっと多くのひとに読んでいただけるよう、多様なチャンネルとなり、「ひきこもり」に対する社会的理解の一助となってほしいと切に願っているということです。