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某国立大学の授業でも使われているらしいで~ 『まんが 医学の歴史』

子供を医者にしたい親御さんはこの本を買って、子供と一緒に読めばいい。いや、こっそり読んでおいて、折りを見てしたり顔で子供に語ってみるのもいい。好奇心に溢れる子供なら、医学に対する情熱に目覚めるかもしれない。

正直、自分も子供の頃にこんな本に出会っていたら、まったく違う道を歩んでいたかもしれないと思う。そのくらいのパワーを秘めた凄まじい一冊だ。

黒い重厚な装丁。全350ページの本書は手に持つとずしっと重い。パラパラっとめくっていくと巻頭の詳細な目次はもちろん、巻末には、参考文献、関連年表、ノーベル賞の歴代受賞者、人名索引、書名・学派索引まで、学術書ばりに充実している。そして、黒い装丁に金文字で書かれたタイトルは『まんが 医学の歴史』

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しかし、本書内で語られる医学の歴史の壮大さに比べると、装丁の重厚さなど霞んでしまう。それもそのはず、現役の医師&漫画家である作者が、膨大な歴史資料を読み込み、古代文明の医学から近年のクローン技術まで、医学の発展に尽くした人々を巡るドラマを描き尽くす、一大物語であるからだ。

各ページには、丁寧な図示・解説、引用元が明記された正確な引用と、さながら論文の様。しかし、親しみやすいイラストにより、「偉人」達の活躍はダイナミックに、人間臭い面はコミカルに描かれており、ストーリーに引きずり込まれる。さらには、各発見の現代的意義について、現役医師としてのコメントまで付いてくる豪華さだ。

読了した今、もう、私の目には落ちる鱗は残っていない。面白いエピソードを少しだけ紹介しよう。

例えば、西暦125年から200年頃を生きた医学者ガレノス。ペルガモン(現在トルコ領)で生まれた彼は、幼少の頃からあらゆる学問を学び17歳から本格的に医学を学ぶ。当時ローマ法により人体解剖は禁止だったものの、22歳から過ごしたアレクサンドリアでは、幸運にも規制が緩く、過去の医学者の人体解剖記録を見れたらしい。そして、故郷に戻った彼が就いた職業は、なんと剣闘士、つまりグラディエーターの治療にあたる医師になる。剣によって内臓を引き裂かれ悶絶する人達から生体解剖を学ぶのだ。当時貴重だった解剖の経験を積む彼は、独自の学問体系を作りあげていく。

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『まんが 医学の歴史』(茨木保/医学書院)より引用

ガレノスがたどり着いた理論は「精気論」。この理論は、まず「肉体」とは別に「霊魂」の存在を前提とする。そして生命現象のすべては、「プレウマ(=精気)」によって支配され、「人間の霊魂は、プレウマによって肉体を操っている」と考えるものであった。

彼の医学観は、現代の我々からすれば突拍子もない。しかしこの医学観は、皮肉にも創造主を前提とするキリスト教的世界観と見事に合致し、教会の庇護を受けることになる。結果、ガレノスの医学観は、なんとルネサンスに至るまで1500年間(!)も西洋医学を停滞させることになる。

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『まんが 医学の歴史』(茨木保/医学書院)より引用

そんな停滞に風穴をあけたのが、アンドレアス・ヴェサリウス(1514年〜1564年)。彼がまたヤバい。彼は、幼少期から死体の臭いを嗅いで育った。なぜなら自宅の裏の広がる森に絞首台があったからだ。その影響からか、思春期をむかえたヴェリサリスは特異な「破壊衝動」が芽生える。それは生き物に対する、、、詳しくは書きたくない。

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『まんが 医学の歴史』(茨木保/医学書院)より引用

そんな彼はパリ大学に入学するのだが、ちんたら進む解剖講義に業を煮やし、自ら解剖刀をとり見事な手本を見せる(←練習してるからね)。その腕が認められ解剖助手になるものの、死体に対する愛情は収まるところを知らず、ついに彼は禁断の行動を起こす。。。ここも詳しくは書かないでおこう。そんな、発想が完全にシリアルキラーな彼は、若干23歳にして名門パドヴァ大学の外科学・解剖学の教授となってしまうので人生分からない。ちなみに、当時のパドヴァ大学とは、かのコペルニクスが学び、ガリレオ・ガリレイが教鞭をとったルネサンスの学問の中心地だった。一方彼は、教授になった後も自ら解剖刀を執ってズバズバ切りながら講義を進めたらしい。そんな解剖三昧の日々が、ガレノス医学の常識のウソを暴いていく。

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『まんが 医学の歴史』(茨木保/医学書院)より引用

そして、彼はついに『ファブリカ(人体構造論)』を世に出す。この11枚の大挿絵と300の図版からなる大解剖学書が、西洋医学を1500年の停滞から救い出すのだ。パドヴァの当局もこの頃にはヴェサリウスに協力的で、彼の都合を見て、死刑囚の処刑の日程を決めたらしい。好きこそ物の上手なれ、とはよくいったものだ。

ちなみに、ヴェサリウスの解剖図はKindleで千円ちょっと出せば見れる!スゲー!!

ヴェサリウスの人生はまだ終わらない。その後も、研究成果に火を放ったり、死刑判決を受けたり、漂流したりと、最後の最後までぶっ飛んでいるが、続きは是非本書で楽しんでほしい。そして何より驚くべきが、ここまでのエピソードでも、なんと42ページ(全350ページ)しか進んでいないことだ!そのくらい内容の濃い一冊なのだ。

もっと紹介したいエピソードは山のようにある。

例えば、世界で初めて全身麻酔手術を成功させた華岡青洲。彼が成功に至るには、母と妻が麻酔の実験に自分の体を差し出した貢献があった。そして、それがもとで母は衰弱死、妻は失明する。麻酔手術の成功により、彼の住む紀州平山(現在の和歌山県紀の川市)は先端医療の中心地となる。しかし、青州は名声を手に入れた後も、常に生涯妻と共にいて娯楽本などを読み聞かせて日々を過ごしたという。目頭が熱くなる。

そして、産業革命の時代のイギリスに生きたジョン・ハンター

何事も実験しなければ気が済まない彼は、淋病の感染経緯を明らかにするために、淋病患者の膿を自分の局部につけて、淋病とついでに梅毒に感染してしまう。この影響で婚期が遅れたといわれているらしい。こっちも目頭が熱くなる。

まだまだ、X線発見の経緯や、DNAの発見における隠れた功労者等など、思わず人に語りたくなるエピソードが詰まっている、、、やはり本書を紐解いてもらうしかない。冒頭で述べたとおり、著者は医者&漫画家である茨木保さん。本書の特筆すべき点が、歴史書には必ず著者の「主観」が混ざるものとした上で、茨木さん自身の解釈や主張が堂々と書かれていることだ。

そして、それが心に響く。

例えば、お札の顔にまでなった野口英世が生前に発表した研究は、後にほとんどが誤りだったことが判明している。そんな彼を今、どう評価すべきか。その他の「偉人」達はどうか。広くは、医学者、科学者はどのような姿勢であるべきか。それらの問いに対して、茨木さんの熱い想いが明確に記されている。

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『まんが 医学の歴史』(茨木保/医学書院)より引用

本書が、ただの面白いエピソードの羅列に終わらない理由はここにある。よって、対象読者も子供を越えて、サイエンスが好きな大人も充分に考え楽しめる仕上がりとなっている。ただし、一日や二日では読み込めないことだけは忠告しておこう。さて、ちなみにこの本を知ったきっかけは、本家HONZのインタビュー。

大阪大学大学院・生命機能研究科&医学系研究科教授であり、いまや本家HONZの重鎮である仲野徹さんは、今も授業の小ネタにこの本を使ってるんやろか。。。どの話が学生にうけるのか、いつか聞いてみたいものだ。あ、そういえば仲野さんは今日新刊『エピジェネティクス』を出版されるんで、紹介しとこう。この方の書きものは漏れなく全部めちゃめちゃおもしろいので、この新刊まだ読んでないけど勧めておこう。

そして、この『まんが 医学の歴史』にハマった人におススメしたいのは、同じ仲野徹さんが書いたこの本『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』。

タイトルにひらがなで著者の名前が入っているところは、ちょっと芸人っぽく狙ってる感ありありやけど、この本も子供の人生の方向を決めてしまうくらい好奇心を掻き立てられる本。全国の学校図書館に2冊とも配布すればいいのにとつくづく思う。

WRITTEN by 山田 義久
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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