郷愁を誘う人と本、人と人の出会い 『メタモルフォーゼの縁側』は今どこへ
大手書店のチェーンを含め、2018年は書店の閉店のニュースが相次ぎました。でもインターネットがなかったころ、書店は人と本や漫画が出会う機会を提供する大きな場所だったはず。
そんな郷愁を誘うのが、 鶴谷香央理さんの『メタモルフォーゼの縁側』。
書店でのふとした出会いが、本と人、そして人と人をつなぐ様子が言葉少なに描かれます。
書店での本や漫画と人の出会い
『メタモルフォーゼの縁側』は、老婦人、市野井雪さんが書店で一冊の漫画に出会うところから始まります。
偶然入った書店で見かけた漫画の、きれいな表紙の絵にひかれて手に取ります。『ベルサイユのばら』など昔は漫画を読んだことはあったようですが、かなり久しぶりだったもよう。それでも「久しぶりに」と買っていきます。それがBL漫画と気が付かずに。
BLと気が付かずに買った漫画を読み始めた市野井さんですが、先が気になり続きも買うことに。それが縁で、書店員の佐山うららと話すことになります。
インターネット登場後の社会では、どうしても書籍や漫画はオンラインの評判やレビューなどをみてから手にすることが増えました。
オンライン・オフラインで「この作品が好きならこれも好きになる」と過去の履歴に基づいたレコメンドも多い。そうして手にした作品は、自分の好みからはずれがなく、心地がいいものです。
でも、物語や設定を知らなくても「きれいな絵」「なんかよさそう」と、フィーリングで作品を手にしたら、知らない世界が開かれることがあるーー『メタモルフォーゼの縁側』はそんなことを思い出させてくれます。
漫画がつなぐ人と人の出会い
『メタモルフォーゼの縁側』が描くもう一つの出会いは、人と人の出会いです。
周囲に漫画の話ができる人がおらず、だれかとしたかった市野井さんと、学校などでBL漫画の話ができない佐山さん。小さく細い縁でありながら、確実に一つの作品が人と人をつなぎ、2人は人生初めての同人誌即売会に参加することになります。
年齢も職業も住んでいるところも違い、きっと漫画がなければ出会わなかった2人。そうした人が出会って新しい体験に踏み出すのは、確実に成長でしょう。
タイトルの「メタモルフォーゼ」は変化、変身の意味で、巨匠・手塚治虫氏が好んで描いたモチーフでもあります。タイトル通り、縁側という身近な場所で2人は変身し、生活にもいい意味でちょっとしたさざ波が起きているのです。
これは仮定ですが、2人は漫画について話す機会を1度でやめるという選択肢もあったはず。それを継続させたということは、さざ波のような変化を無意識に受け入れたとも読み取れます。
変化は人間にとって怖いもの。でも人との出会いで起こるそれを自然に受け入れて、その身を任せていく2人の態度は見習いたいです。
縁側は今どこに?
やわらかい線で描かれていることもあり、書店を起点とした素朴な人と人の出会いは、ちょっとした郷愁を感じさせます。それは、おそらく書店が消えつつあることに加え、不審者への警戒もあるのでしょう。
こうした出会いは今、どこで生まれるのか。どうしたら一読者としてまだ見ぬ作品に出会い、その感動をだれかと共有できるのかーー読み終わった後、こんなことも考えさせられました。
WRITTEN by bookish
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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