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「のだめ」のクラシックブーム再来?! 二ノ宮知子氏が15年温めた「宝石の話」に、石の見方が変わった『七つ屋志のぶの宝石匣』

【レビュアー/こやま淳子

「のだめ」の二ノ宮先生が描く、宝石トリビア系・人間ドラマ

私は宝石の価値がわからない。正直あんな石っころに何十万も何百万も何千万も出す人の気持ちは全くわからない、と思っていた。しかし『七つ屋志のぶの宝石匣』を読むと、宝石に対する見方が変わってくる。

舞台は、江戸時代から続く老舗質屋「倉田屋」(ちなみに「七つ屋」というのは質屋のことらしい)。その跡取り娘・志のぶと、倉田屋に幼い頃預けられた訳ありのイケメン・顕定を中心に物語は展開する。人間ドラマあり、ミステリーあり、さらに宝石やブランドの知識も得られるというお買い得な物語である。しかも作者は「のだめカンタービレ」の二ノ宮知子先生。面白くないわけがない。

なんでも「のだめ」の連載前に、「音楽の話」と「宝石の話」の2案を編集者に提案したところ、「音楽」の方が選ばれ、「のだめ」が始まったという。つまりこれは、二ノ宮先生が15年も温めていたストーリーなのだ。

鷹さんだけは、いい役者に演じてほしい。

質屋というのは、なるほど、さまざまな人生が見える舞台だ。生活に困って訪れる人から、宝石やブランドを鑑定してほしいお金持ち、思い出を手放したい訳ありの人や、偽物を売りつけようとする犯罪者まで、さまざまな角度から人間ドラマを観察できる。

それに加えて、顕定の仕事は、世界的な高級宝石ブランド「デュガリー」の外商。その客は、日本でも屈指の金持ちばかり。顕定と浮気したい有閑マダムやメンヘラマダム、宝石マニアのお嬢や石オタ御曹司など、さまざまな濃いキャラが登場する。テンポもいいし、笑えるし、イケメンも満載。サービス精神旺盛なエンターテイメントなのである。

そしてヒーロー・顕定は、高級宝石店デュガリーの外商として超お金持ちのお相手をしながら、幼い頃に失った自分の家族の手がかりである「赤い石」を探している。この謎解きがまた、おもしろい。

この人が怪しい!? というプチ盛り上がりがちょいちょい出てきて、ぐいぐい引き込まれてしまう。

私が最も気に入っているのは、顕定の謎解きを手伝うもう一人のイケメン・鷹さんである。顕定がちょっとツンデレなイケメンだとすると、鷹さんは軽やかなハイセンスイケメン。賢く、才能もあり、友人思いの最強キャラなのだ。将来ドラマ化したら、この役だけは絶対にいい役者にやってほしい。テレビ局の人、お願いします。

宝石ってロマンなんだ。

ちょっと変わっているのは、スピリチュアルな要素もあること。志のぶには宝石の「気」が見えるという特殊能力があって、ルーペとか使わなくても本物だか偽物だか、その宝石の発する「地球の息吹」でわかってしまう。持ち主がこめていた「気」によってさまざまな人間の思惑が見えてしまい、それによりストーリーが大きく展開していく。

しかしそうした「そんなバカな」という設定でありながら、宝石鑑定ってどこを見るのか、石の価値ってどう決まるのか、どんな偽物が存在するのか、など、宝石のトリビアはしっかりと語られるし、「(インクルージョン(内包物)のある宝石は価値が落ちるとされているけれど)本当はインクルージョンのある宝石こそロマンがあって好き」「宝石ではない河原に落ちている石にだって素敵なものはある」と、二ノ宮先生独自の価値観が語られていくのもおもしろい。

いや、むしろそんなスピリチュアルな設定だからこそ、「宝石は値段ではなく、それに込められた人の想いが大切である」というテーマ性が伝わってくるのかもしれない。

そうか、石ってロマンなんだ。

宝石に興味のなかった私も、漫画に出てきた宝石を検索して値段を確かめるようになってしまった。「のだめ」のときにクラシックブームが起こってしまったようなパワーを、この漫画にもしっかりと感じた。しかし宝石ブームが起こってしまったら、お財布的には大変なことになりますね。