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フルカラー606P描き下ろしの辞書のような単行本でデビューした異端の才気・佐々木充彦。圧倒的なセンスと、純朴な想いの果てのカタルシス。『インターウォール interw@//』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/兎来栄寿

インターネットが登場し、SNS全盛の時代になり、人と人とは格段に繋がり易くなった。……そのように多くの人は思っているだろう。そして、実際にそれはある意味においては間違いではない。

人とは不思議なもので、それがかつて強く渇望したはずのものでも卑近になったり手に入ったりしてしまうと途端に抱いていた興味の熱量を失ってしまうことがままある。

人と人とが繋がる切っ掛けを、どの時代よりも得やすくなっている現代。しかし、その繋がり一つ一つへの想いの比重という意味ではどうだろうか。

今は、カジュアルに多くの人と繋がり、カジュアルに別れることができる。人が不特定多数の対象に注げる想いや行為には限度があり、多くの人と繋がりを持てば持つほど一人当たりへの傾けられる度合いは相対的に低下する。

本来であれば大切なはずの家族や友人といった相手と一緒にいるのに、お互いに無言でスマホを覗きSNSを眺めているという状況は珍しくもない光景だ。

容易く繋がれるようになったが故に、従来あったはずの価値が希薄化しているケースも多くなった。その変化それ自体は時代の潮流とも言えるし、一概に悪いことであるとも言えないだろう。

本来は孤独を薄めるはずの営みによって、皮肉にも人は孤独を深めている状況があるのは確かだ。今という時代には孤独であるということを思い出させる時間を与えないほどに、様々なものが溢れかえっている。

しかし、ふと立ち止まって一度考え出すとその虚空に一人佇む自分を発見してしまうことがあるだろう。定型の誕生日祝いのメッセージのやり取りを365日毎日行ったり自分の誕生日には数十・数百件の返信をしたり、あるいは誰に対しては送って誰に対しては送らないかなどで悩み疲弊することに空疎さはないだろうか。

個々の繋がりが曖昧模糊なものになり、虚飾に彩られた世界の中で蠢く無貌の人間たち。今回紹介する『インターウォール interw@//』は、そんな世界の歪で無機質な手触りを再現している。群像に埋没し、他者との境界が曖昧になっていく恐ろしさのような感覚が存在している。しかし、こんな時代であるからこそ逆説的に、人と人との尊き繋がりがより強く無上の価値を感じさせる瞬間がある。そのことを描き出していく物語だ。

「これは、僕が僕と編星さんを探す話だ。」

この物語はこの一文に始まる。そして、この一文に尽きる。

「はじまりはかすかな音もれだった」

カフェで、「僕」はたまたま編星さんと隣席になる。「僕」と編星さんは、一つのイヤホンを片耳ずつに共用して繋がる。物理的にも繋がる。しかし、その繋がりはとある事件により断たれてしまう。「僕」は、断たれたその繋がりを必死に追い求め取り戻そうとする。大まかにはそんな物語だ。

夜の明けない町・川辺町にある、具現的第三セクターと呼ばれる施設、リバーサイド・シティ。トートロジーのようなネーミングが、この世界に対して抱く違和感を際立たせる。

かくれんぼ、インターウォール、預時世界、イーター、謎の少女イウ……
様々なタームが登場し、SFともファンタジーともつかない独特の世界観を、独特の画風と独特の語り口で紡いでいく。

600ページを超えるフルカラーで描かれた、ある種イラスト集かデザイン集のようなスタイリッシュな画面。俯瞰して語られる吹き出しの中のセリフ。メディア芸術祭で選考されたのも納得の異才だ。

通常の漫画の文法とは大きく異なっていることも、非日常感を増幅させ興趣を唆る要因となっている。そして、ただ瀟洒なだけではなく、時には殴りつけるような激しい描写も繰り出してくる。その緩急もまた魅力だ。

辞書のように重厚な本書だが、一度読み始めてこの世界のテンションに乗れればあっという間に読み終えてしまうだろう。本作には様々な仕掛けが存在する。世界の構造や登場人物たちの深層にあるものを理解した時、この本の見え方は全く違ったものになる。

システムとシナリオが美しく絡まりあっている作品を私はこよなく愛好するが、この『インターウォール』は正にそういった類の物語であった。最後の答え合わせ、そこからの怒涛の展開。そして訪れる、光。

非常に感動的なクライマックスが、作品世界総出で演出される。シンプルに、美しい。しみじみとそう思った。全ては、彼らの瞳が輝くその瞬間のカタルシスの為にある。相手を心から求めて生まれ出づる絆の尊さが、そこにあった。そして、その繋がりこそが未来を作っていくものに他ならないのだ。

暴街での象徴的な表現、インターウォールの在り方、イウの存在……そういったものを何に擬えて考えるかは読者一人一人それぞれに委ねられている。

本を置いた時、読者自身も現実世界で問い掛けられているように感じるかもしれない。あなたは果たしてこれからもカルボナーラを作り続けるだろうか、それとも……。単純なエンターテインメントに留まらない、玄妙な味わいのある作品だ。

読み終わったら、奥付の奥に秘められた言葉やカバー下もぜひとも見て頂きたい。

そしてそれも終わったなら、たった一つの未来を選び取りに行こう。

『インターウォール』作品紹介スライドショー
https://cincopa.com/~A4OAC_NLHrcw