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知的・発達障害児・者とその家族の想う「あたりまえへのアクセス」のために

1.はじめに

 2019/11/9(土)に、パシフィコ横浜において開催された、「日本LD学会 第28回大会」において実践奨励賞の受賞者として講演をさせていただきました。
 ここで私は、これまでの研究と実践から、自分のやっていることを再定位し、「知的・発達障害児・者とその家族の「あたりまえへのアクセス」のために」というお話をさせていただきました。これも、ひとえに、富山県LD等発達障害及び周辺児者親の会「ゆうの会」をはじめ、多くの当事者ならびにそのご家族の皆様の日頃からのご協力おかげと感謝しております。
 ここでは「あたりまえへのアクセス」とは何かについて書いてみます。

2.「あたりまえへのアクセス」とは

 水内研究室では、発達障害・知的障害のある子どもから成人とその家族が、さまざまなソーシャルサポートやICTを用いながら、すでにできていることはさらに高め、やりたいことはとことん支援付きで可能にする、そのための方途を具体的、実証的に探求しています。めざすのは「あたりまえへのアクセス」であり、その先にあるのはQOLの向上です。

 ここでいう「あたりまえ」とは、「支援者や周囲の人にとってのあたりまえ」「社会通念や常識」「生活年齢から期待される一般的なこと」ではなく、「当事者やその家族が思い描くあたりまえ」のことです。理想自己とそれに向かう自己実現の様相といっても良いかもしれません。

2019LD学会受賞者講演実施版35minのコピー

3.「あたりまえへのアクセス」の例

 以下に、「あたりまえへのアクセス」が保障されることが望まれる事例をいくつか示します。これらは、本人とその家族の抱える実際のニーズであり、また水内研究室の活動の中で実際にアクセスに向けて取り組んできたことたちでもあります。

 学習面や行動面で課題のある子どもであれば、ICカードを使ってお小遣いでコンビニで好きなものを買いたい、ならぶのは苦手だけどテーマパークに行って遊びたい、小学校で必修化されるプログラミング教育をやってみたい、ママはもっとボクとだけ遊んでほしい(本人ならびにきょうだい児)、などがあります。

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 発達障害のある成人で例をあげると、働きたい、スマホを持ちたい、ネットカフェを利用したい、一人でカラオケしたい(ヒトカラ)、車の免許をとって運転したい、選挙に行きたい、友達と飲み会に行きたい、友達と泊まりの旅行に行きたい、地域の成人式に出たい、恋愛・結婚したいなど、彼らの思う様々な「あたりまえへの欲求」を本人たちからよく聞きます。

成人

 家族、とりわけ母親で例をあげると、子どもにかわいい服を着せたい、親子で海外旅行に行きたいといった子どものいる生活へのあこがれだけでなく、障害のある子がいても働きたい、趣味を続けたい、おしゃれでいたい、(ママ友ではなく)高校時代の友達たちと温泉旅行に行きたいなど、一人の女性としてこうありたいという、昔描いていたけどあきらめてしまいかけていた未来予想図の実現と、揺らいでいるアイデンティティの再確立が課題になります。

母親

 こうした、当事者の方たちの「理想自己と現実自己のギャップ」を埋めることは、本人たちががんばることだけでどうにかなるものではなく、それをどのように支えることができるかは、インクルーシブ社会の実現において重要な課題といえるでしょう。その際、決して支援者側から一方的に指導的・指示的に解決策を提示するのではなく、あくまで対象者に寄り添いながらていねいに関わり、肯定的な自己理解を促しつつ、自己選択・自己決定を尊重したサポートが大切だと考えています。また、その実現の方途の一つとして、ICTの積極的活用やアクセシビリティの推進が大きく寄与することは間違いありません。

4.おわりに

 20年近くの私の研究と教育実践は、常に日本LD学会と、富山県LD等発達障害及び周辺児者親の会である「ゆうの会」とともにありました。この講演では、「LD研究」に掲載された以下のいくつかの研究をふまえて、知的・発達障害児・者とその家族の「あたりまえへのアクセス」のために、具体例を挙げなから、今とこれからできることについてお話しさせていただきました。
 2020年度の秋頃には、私の故郷の岡山県にあるLD親の会「はあとりんく」さんで話をさせていただく予定です。

 水内研究室では、このように、知的・発達障害児・者とその家族の方と関わりを常に持ちながら、ゼミの学生たちとともに「あたりまえへのアクセス」の実現のお手伝いとその研究をしています。

【2021/07/26追記】あたりまえへのアクセスを支える合理的配慮

以下のPDFは、作者や出典情報を明記し、意図を損なわない形でしたら自由にご利用ください。

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日本LD学会編「LD研究」に掲載された自著論文

(2020/05/22現在はwebからは読めませんが、2020年度中にアクセスできるようになるようです。)

水内豊和・岩坪夏穂(2019)知的障害者における療育手帳の認識に関する研究.LD研究,28(1),154-163.

水内豊和・成田泉・島田明子(2017)自閉スペクトラム症幼児の母親を対象としたストレスの内容の違いによる子育てプログラムの効果.LD研究,26(3),348-356.

水内豊和・成田泉・島田明子(2017)自閉症スペクトラム障害のある成人に対する積極的行動支援の一事例.LD研究,26(1),72-79.

水内豊和・阿部美穂子(2012)教育相談センターが実施する「気になる子」の保護者に対するペアレント・トレーニングのあり方と効果.LD研究,21(2),270-284.

是永かな子・水内豊和(2010)スウェーデン・イェーテボリ大学における障害学生への教育的対応の現状と課題.LD研究,19(1),47-57.

水内豊和・小林真・森田信一(2007)読み困難児に対するマルチメディアDAISY教材を用いた指導実践.LD研究,16(3),345-354.

附記

 「あたりまえへのアクセス」ということばについては、共同研究をしている栃木県の鹿沼自動車教習所さまと富山大学との共同で、文字商標として登録されています(下記リンク参照)。これは、使用を制限する意図ではありません。
 「支援者や周囲の人にとってのあたりまえ」「社会通念や常識」「生活年齢から期待される一般的なこと」への近接を本人以外の人が求める意味で用いるのではなく、あくまで「当事者やその家族が思い描くあたりまえへのアクセス」という意味で用いています、ということを説明したものです。
 この鹿沼自動車教習所さまとの、運転免許取得における「あたりまえへのアクセス」に関する取り組みについては、また別の機会に書きます。



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