知的・発達障害者における自動車運転免許取得という「あたりまえへのアクセス」(1)―教習生活の合理的配慮「つばさプラン」―
1.はじめに
知的障害や発達障害があっても、自動車運転免許(以下、運転免許)を取得することはできます(てんかんなどがあり医師の許可が必要な場合を除く)。
運転免許を取得する、ということは、単に車を運転するためのみならず、「免許そのもの」が本人のアイデンティティの上で大きな意味があります。就職の幅も広がるかもしれません。また、たとえば、レンタルDVD屋さんやレストランなど、何かしらの会員証を作成したいと考える時に、療育手帳などの障害者手帳を出して身分証明とするよりも、運転免許証を示したいと考える知的・発達障害者の方が圧倒的に多いということも、皆さんには知ってほしいです。
ここでは、運転免許取得という点で、合理的配慮を提供する、自動車教習所の業界においてすばらしい試みである「つばさプラン」を紹介します。
2.鹿沼自動車教習所「つばさプラン」の取り組み
水内は、2016年度より、梅永雄二先生(早稲田大学教授)とともに、まずは運転免許取得にかかる基礎的環境整備や合理的配慮のあり方の検討として、(一社)全日本指定自動車教習所協会連合会の事業である「発達障害者の教習支援マニュアル」(非売品)の作成に取り組みました。
現在、このマニュアルを元に、全国に1,340校ほどある指定自動車教習所の指導員を対象に、毎年1回、都内にて、発達障害者の運転教習について3日間の研修会が実施されています。私もその中の1コマを担当させていただいています。
このマニュアルならびに研修会は、どんな指導員でも知っておいて今からすぐに取り組んで欲しい支援の工夫、またどこの教習所でも取り組んで欲しい基礎的環境整備が中心となっています。
それと同時に、より知的・発達障害者の教習に特化した合理的配慮のあり方を探求するため、(株)鹿沼自動車教習所の「つばさプラン」事業に協力してきました。
この鹿沼自動車教習所では、「コーディネーター」と呼ばれる対人援助のプロであり、かつ教習指導員の資格を持つ、つばさプランの専属スタッフたちが中心となって、これまでに知的・発達障害のある方の300人近くを受け入れ、その9割以上に免許取得していただくことができました(2020年6月現在)。その中で、単に知的機能(IQ)という点で見れば、IQは50台でも取得可能なケースはあり、むしろIQではなく、彼らの障害特性に応じたていねいなオーダーメイドの支援次第で可能性が大きく開けるということがわかってきました。
ここで水内は、入所時に教習生に実施する実態把握のためのツールである「つばさプラン・アセスメント(TPA)」の開発と改訂、毎月鹿沼自動車教習所に赴いてのスタッフの研修や事例検討会、後述する「つばさプラン全国研究会」の加盟校に対する専門研修などをしています。
鹿沼自動車教習所「つばさプラン」の詳細は以下のHPをご覧ください。また日々の取り組みの様子を同じく下記Facebookでも発信しています。
3.「運転免許つばさプラン」全国研究会の取り組み
2018年度からは、これまで私たちが開発してきた支援のノウハウを元に「つばさプラン」は全国展開を始めました。
2020年6月現在、全国の17の自動車教習所において「つばさプラン」を導入し、知的・発達障害者の運転教習の合理的配慮を提供しています。
具体的には、2020年6月現在、以下の各地の自動車教習所において、長期に渡る質の高い研修を受けて認証システムを付与された「つばさプラン」のサービス提供を受けることができます(実施予定校を含む)。
4.「あたりまえへのアクセス」としての運転免許取得
知的・発達障害のある方やその家族が、働く、暮らす、遊ぶという「あたりまえへのアクセス」において、とりわけ運転免許取得ニーズは高く、また自己実現において必要不可欠です。また「運転免許取得=運転する」でなくてもよい方もいます。にも関わらず、保護者、学校の先生、福祉関係の支援者たちも、エビデンスなく取得できないと思い込んではいないでしょうか?
K県の特別支援学校では、本人にとって免許取得が自立と社会生活において必要である場合には、特別支援学校在籍時より教習所に通うことが学校の教育時数の中で認められています。私の住む県でそのようなことは認められていません。「あたりまえへのアクセス」の阻害要因にも促進要因にも、支援機関や保護者までもがなりえてしまうことをよく考えなければなりません。
本人が運転免許を取得したい、と思った時に、関係者は、まずは思いをしっかり受け止め、簡単に可否判断をするのではなく、ぜひ、鹿沼自動車教習所にご相談されることをお勧めします。スタッフがしっかり対応させていただきます。
5.おわりに
私自身、「クルマ」が大好きで、学生時代は、単に移動の手段ではなく完全なる趣味の対象で、当時B級ライセンス(現在はA級ライセンス)を取り、すべて自分でブレーキパッド交換や内装剥がし、そして6点式ロールバーの取り付けまでして、ジムカーナなどの競技にも出ており、「クルマ」を意のままに操ることはとても楽しいものでした(競技車両の遍歴は、GA2、EG6、CJ4A、CT9A、ZN6です)。
それと同時に、自分の研究の対象でもある知的障害や発達障害のある方は、車が大好きで運転をしたいと思っても、現状では免許取得という点で少なからず壁があって断念されているケースも多々みてきました。
実は大学院生の時より、自分がもし大学の教員になったときには、彼らにも運転する喜びを提供するようなボランティア・社会活動をしたいと思い、大学院生時代、自前で中古のレーシングカートを5万円で買って準備していたんですね。レーシングカートならサーキットで走るのにライセンスはいらないし、F1ドライバーだったセナもプロストもカートから始まったように本格的な運転を楽しむことができます。ただ、残念ながらそのカートは今でも遠く離れた岡山県の実家の片隅で埃をかぶったまま日の目を見ていません涙
ですから、この「つばさプラン」のプロジェクトに参画させていただくことになったとき、まさにこれは私の専門領域と趣味領域とを活かせる運命のような機会であり、前々からの夢であった知的障害・発達障害のある方の「あたりまえへのアクセス」の一つを、このような形で関わらせていただけることに、私はとても喜びを感じています。
はじめに述べたように、運転免許を取得する、ということは、単に車を運転するためのみならず、「免許そのもの」が本人のアイデンティティの上で大きな意味があります。本来は取得できる可能性のある知的障害・発達障害のある方々が、その興味や思いを尊重され、特性やニーズに応じた自動車学校での教習のあり様がよくなっていくのみならず、普通免許試験のあり方、そして運転制御などの自動車の技術革新や、自動車保険の拡充など、モータリゼーションの流れ全体において、合理的配慮がすすめられることが期待されます。
車そのものがMTからATに変化したように、10年後も今と同じ操作方式や形状であるとは思えません。それに伴い交通環境や道路交通法なども変わっていくでしょう。
そうした時代の要請に合わせつつ、まずはこの先進的取り組みである「つばさブラン」の成功を、私のできる立場から精一杯サポートさせていただきます。
ドライビング・プレジャーを、発達障害・知的障害のある人たちに!
6.水内がおこなった学術学会でのつばさプランにかかる研究発表・シンポジウム
(1)2017年11月7日(金)日本LD学会 第26回大会(栃木)自主シンポジウム:「発達障害者のQOLを高め社会参加を支えるために学校段階から取り組むべきこと― ADS者の成人期の実態と課題から考える ―」話題提供:「運転免許取得の実態と課題」
(2)2018年11月24日(土)日本LD学会 第27回大会(新潟)ポスター発表:「発達障害者の自動車運転免許教習における合理的配慮のあり方」
(3)2019年11月9日(土)日本LD学会 第28回大会(東京)ポスター発表:「発達障害者の自動車運転免許取得における合理的配慮―運転免許 つばさプラン全国研究会の取組から ―」
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