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5.五つの指の輪

 手を見なさい。

 そう、五本指がある。両手をあわせれば十本だ。

 でもこれは必ず、片手で足りるだけしか一度に替えてはいけない。約束事だ。何故かは知らないが、実証してみようと思わないことだ。掟は理由があるから存在するのだから。疑ってかかればまず、ろくなことにならない。

 必ず一度に、五本まで。

 親、つまり根元が最も強く、人を指すに二番目、中指は少し余るので、薬指が三番目という順で取引される。使うには、好きにすればいい。ただ、どれが必要とされるかは一応でも、知っておかなければならない。そういうものを相手にしているのだと、よくよく肝に命じておくべきだ。相手は自分の利益不利益さえ一切考えない、面白ければそれでいい、という連中なのだから。

 もちろん、指そのものに価値などない。

 指切り、その行為に意味があるんだ。肉体の一部が代償ではなく、象徴なのだよ。支払うべきものは別に用意するが、それに見合う指を、契約に絡めなければならない。

 だから切った後も、異常はないはずだ。もちろん、別のものとすり替わってはいるのだがね。その昔、あるピアニストが契約を交わしたそうだけれど、後の演奏にも問題はなかったそうだよ。だから元からついていた自分の指のように動かせなければ、契約は破棄して構わない。これは一方的に宣言できるから、心に留めておきなさい。

 それでも当然のことだが、指切りしたままにしておいてはいけない。ほら、ここの根元でぐるっと盛り上がった線、この輪が印となる。指が戻っていないということは、借りを作ったままでいるということだよ。これでは無能だと思われ、外聞が悪い。何より正しくない指をしていると、自分が知っている。内の評価の影響を、甘く見ない方が良い。

 ただし、蓄えは別の話だ。

 何らかの非常に備えて、前もって交渉用に変えておくのは、悪い考えじゃない。教科書通りなら一本だが、予期しないから不測の事態なのだ。これは何を生業にするかによるだろうから、反論は認めるがね。

 私は若い時分、教わった通りに一本だけ、緊急用に指切りをしておいたことがある。若さ故に驕りもあって、最も不要とされる中指だけで、十分すぎるとすら思っていた。だがそんなものでは、人間の命をつなぐに足りるはずがなかった。たった一人の、命であってもだ。

 それで仕方無しに、手を重複させろと願ったよ。そして改めて五本、契約履行してなんとかその時は助かった。

 これはただの体験談、それもつまらぬ類のものだ。おそらく実際には、六本の指切りでも不足であったはずなのだ。ほら、よく見ると手が、まだ重なってるのがわかるだろう。存在が二重することは自然に反する、故に不便で思いがけない失敗に繋がることもある。

 これが見たくてあいつら、やってみただけなのだよ。


読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。