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11.笛鳴らす虫乙女

 鳥というのは不思議なもので、殻から這い出してすぐにでも、囀る歌を知っている。

 ヒトの身では、些か勝手が異なる。

 多くのことを一から学ばねばならず、加えて教わってすぐには身につかない。言葉然り、身体の操作然り。頭脳の発達に重きを置きすぎた動物は、発達そのものに時間がかかる。

 それで、組というものが形成されるのである。

 ある社会において同じ育成を必要とする子を、一所に集めて教育を施す。学習段階別に集団となり、それを組と呼称する。世話を見るものは持ち回りかそれを専門に生業とする者、どちらであっても個別に面倒をみる労力がぐっと減り、親世代の生産性を維持することができるというわけだ。

 中には乳離れると、親子が生活の一切を別とする文化もある。

 世にいう、虫乙女もその一つだ。

 この名称は女子に限ったからではなく、男子の多くは早かれ遅かれ兵営へ移行し在席数少ないことに由来し、虫組に残った男子を特にエあるいはハチと呼ぶ。

 幼少の子で喉の奥に笛穴を持つものが、選ばれ虫組に入る。あるいは後天的に施術され、生きて残ったものだけが、入団の資格を得る。

 組では主に、声の出し方を学ぶ。

 笛穴は見えない器官に繋がると考えられていたが、医学の発達により気管と食道の間に通じることがわかった。発声以外は閉鎖され、出す音によって解放域が異なりまた瞬時であることもあって、現代でも笛穴の明確な場所と長さはわかっていない。

 鳴る音は、虫乙女にしか聞くことができない(「無言で疎通を成す」一つ意識を同じくする社会的集合昆虫になぞらえ組名とした。故に古くは蟻子とも呼ばう)。

 人間の鼓膜振動の上限を超える音を発するが、一般的な可聴域の音に被せることで、脳に音波を認識させることが可能となる。しかしながら、多くの人間が、その高音を聴く能力を持ち合わせていない。聞くのも同組の者に限られる。

 会話の秘匿性ゆえ、屈強なエは言語習得後すぐ
兵役に付き、中には指揮を取るものもあった。諜報に秀で、事実その知識、技術共に時の最高峰であったと言われる。

 それでいて、虫乙女有する国家は一度も世界の頂点に立つことなく、近代を前に大陸の属国となって、組制度を失うのである。

 それというのも、虫乙女の特性である笛穴音に脳が慣らされると、耳に届くどんな不必要の高低音までも認識するに至り、情報過多によって精神に不調をきたすのである。興味深いことに、ほとんどは恐慌に陥ることなく、虚無となって無反応になるという。虫乙女の伝聞する音は本心を乗せるのみで、嘘をつく機能がない。私情混じれば任務に支障をきたすため、厳しい非我の訓練の末、その境地から抜けられなくなるためともされるが、現在でも原因は明確になっていない。

また一説には、兵役は副業的な役割であって、虫乙女の実は巫女であったとも言われる。

 もっとも才能ある虫乙女は、例え同組であっても誰にも聞こえぬ声を出し、しかし機会があると「何か」と会話をしていたという。これに相手を尋ねると、墨を使わず地に枝で掻いて一言、「母」と答えたとの記述が史記にある。

 虫乙女の多くは山で失踪し帰らなかったが、組ではこれを愛し子の帰還と呼び、慶事として盛大に祝った。一部の地域では今も、一月五日を祝日とする。これはこの日、十一人の虫乙女が揃って失せた事変を元にした、祭りの名残であると考えられている。

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