10.器の限界
人間の魔力の容量は、使い切ると増えるらしい。
人体の一部であるのだからこれは当然のことなのかもしれないが、魔力器官が目に見えない臓器であることを考えると、これはちょっと不思議に思われる。
筋肉だったら、破壊して超再生で肥大するのは当然だけれど、実体がないものは、どうやって改造するのだろう。
そもそも、魔力器官がどこであるのか、はっきりとしたことはわかっていない。
中世の解剖によって、近代まではそれは心臓である、と断言されていたが、のちにそうではないとわかった。大腸を癌で切除した人が、魔術を使えなくなった例があるからだ。
心臓だけではなく、どんな臓器も、魔力器官に成り得るというのが、今のところの定説となっている。
だからある人は「最もその人が魔術で使用する部位に魔力が溜まる」と思っているし(であれば、前例の人は大腸を使った魔法が得意だったのだろうか)、またある人は、「生命維持に必要な臓器から始まり、拡大するに応じて他の臓器にも魔力を貯蔵する」と思っている。
それぞれ研究者が自論を証明しようと躍起になり、証明できたりできなかったり、証明できても全く別のアプローチからも同じ証明ができたりなどして、未だにシステムが解明されていない。
魔術が学問の一部として受け入れられた歴史が浅いことを考えれば、それは当たり前のことかもしれない。
魔力はそもそも、科学が定義する「力」に含まれていなかった。
魔力器官を検証する人にしても、非魔術師であることがほとんどだ。魔女と提携する事も少ない。現代でも魔術は民俗学に近く、現代科学を掠める程度の地位に留まっている。
ちなみに僕は、「身体そのものが器官であり、循環が阻害されると使えなくなるが、それも一時的なもので復活する可能性がある」派だ。
そこで、最初のテーマに戻る。
魔力容量を増やすために、使い切る。
それには、どうしたらいいのかというと、死ぬしかない。
世間一般では誤解があるようなのだが、使い切る、が「生きる力の全てを」というレベルなのだ。「致死だったにも関わらず奇跡的に、かろうじて息を吹き返した」くらいでないと、容量は増えない。
もちろんそうした多くの場合、五体満足で生き返れる保証はない。
そもそも、毎日吐くまで魔術を使用するという程度の生温い限界でいいのなら、世界で大魔術師が溢れてしまうではないか。
もちろん、恒常的な使用でも成長はするが、微々たるものであるらしい。
筋トレ的に魔力を増やすのであれば、それこそ百年単位の鍛錬が必要だ。当代最高峰の魔女たちは、つまりそうやって地道に年月を重ね、そして恐らくは、生まれ持った魔力が元から大きかった、運の良さの結果なのだろう。
僕の場合は、少し特殊だ。
妊娠初期に、胎児が育たなかった。
あまりに早い時期であったので、母は妊娠にも気が付いていなかった。そのまま時が流れ、たまたま検診があって発見され、そのときにはもう胚は干からびていた。開腹して、摘出する流れとなる。
そしていざ手術前に検査をしてみると、なんとミイラだったモノが成長している。
怪談である。
患者である母などは、胎児と思ったのは実は悪性腫瘍で急激に育ったのだと勘違いし、「あ、これは死んだ」と思ったらしい。
運が良かったのは、母の担当医が、たまたま魔女に近しい人であったことだ。
ひょっとしたらそういうこともあるかもしれない、と医療関係(?)に強い魔女に来てもらったところ、前述の通り、死体だったものが、なんらかの事情ーー恐らく地脈に準ずる魔力との接触ーーがあって、生き返ったのであろう、ということだった。
と、まあそこまでは物語のようだが、生まれた子、こと僕は、ごく普通の赤子だった。
人間の両親の元、普通に育てられ、容姿も能力もいかにも一般市民、という青年となった。
現在、大学で高等数学を専攻中だ。魔術の"M"にも関係がない。
ただ、生まれる前からの主治医である瓶蓋の魔女(魔女にはたいてい二つ名があって、本名を使わず通り名で呼ばれる)によると、「概ね健康体だが、ちょっと魔力が多めなので、風邪なんかを拾いやすい」から「溜まってる魔力を使わないのももったいないし、何か習ってみるのもいいんじゃないかな、調剤とか」とよく言われる。
確かに季節の変わり目には必ず流感にかかるので、魔力を分散させる趣味を模索するのも良いかもしれない(先生が期待しているようだが、製薬はめんどくさそうだから興味が持てない)。
もうひとつ、魔女先生が言うには、恐らく僕は現在、ただの人間が持てる限界値の魔力を持っている。
「もう一回死にかけることがあったら、その時は身体がもたないと思うよ」と言われている。「だから気を付けてね」と言われても、事故は防ぎようがないのだから、とりあえずは普通に暮らしている。
身体がもたない、というのは、単純に身体機能の限界を超えているという意味なのか、形を保っていられないけれど生きてはいけるという意味なのかは、聞いたことがないのでわからない。
爆散するとかだったらドラマチックだな、と思う。