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7.泳ぐ白鳥の背に

 7番目の元素は窒素、これの由来は窒息からきているらしい。

 空気中にもっとも安定して存在するもの、しかしそれだけでは息ができず、生きられないもの。たぶんそれにヒントを得たんだね。それとも逆で、元素のほうが後からつけられた名前なのかもしれない。まあ、それは話に直接は関係しないんだが

 ある人気のない森の中、泉に七羽の白鳥がいた。

 飛んでいったりせずにね。なぜかって、あの大きな水鳥が飛翔するに、滑走のための水面が足りないんだよ。だからどこへも行けず、いつもそこにいる。もちろん、それだけが理由じゃないけれど。

 白鳥たちは罪人だった。

 その昔、妖精女王を敵にした、人間の卿たちだと言うことだ。捕まって断罪を受け、白い羽の獣に変身させられたんだ。そう、泉は檻でもあったんだね。

 ある人は、ただの妖精が気晴らしに、人間を貶めて遊んでいるだけだという。ただ、無罪の生き物を弄ぶのを、女王が黙っているはずがない。だからやっぱり、なんらかの罪人であることは、確かなんだろう。

 昼日中、鳥たちはでも、何をするのも自由だった。頭の中も鳥類に変化していて、悪巧みもできなかったのでね。ただ草を食み、泳ぐくらいしか脳にないんだ。

 夜になると、人に戻れた。

 ただし、水から顔をあげることすら、できないようになっていた。首の長い水鳥が頭だけを水中に没して、餌を探すのを見たことがあるだろう。人の姿である間は、あんなふうにするのが決まりだった。罰だね。頭が持ち上がらないようにか、首の筋肉が動かないようにか、沈む理由はそれぞれで違ったみたいだが。

 太陽が去った後、七羽の白鳥たちは人間としての知性を取り戻すことができる。だがそれは夕日が沈んでたった数分、息が続くだけの短い間だ。呪いを解く方法を考えるどころか、助けも呼べやしない。なんせ森深い場所での出来事だし、とにかくそのくらいに、窒息とは恐く苦しいことなんでね。

 呼吸ができなければ、当然死ぬ。

 後は夜っぴき、死体になって浮かぶんだ。

 水死体を見たことがあるかい。ないか、運が良いことだね。実を言うと、死んだばかりの死体は本当だったら浮いてこない。体内でガスが溜まって、浮き上がってくるんだ。表面はクズグズなのに、内側から張ってるのがわかって……ああ、いや。その話はやめておこう。気持ちの良い話題ではないからね。死んだばかりの七体が浮かんでいる、不思議にも。そういうことだけ、わかればいい。

 で、その上に個別で、幽霊が立つんだそうだ。朝には白鳥に戻るけど、それまでは死んで夜を過ごす。奇妙だろう。しかも地縛霊ってやつさ、本人の上にしか現れないんだ。

 幽霊ってものは生前の未練が具体化したものなんだそうだけど、面白いことにこいつらは、いつも同じ形じゃないんだな。なんでかね。毎日、意識が戻った時、苦しさに混乱して、何だかわからないうちに窒息する。単純な一連に、何か変わるものがあるのかね。

 とにかくある日は怒り、別の日は嘆いて、時には浮かぶ死体の上に座り、気が向くと片足でバランスを取ったりするんだ。最後のはふざけているとしか思えないよな。どういう最期の心境なんだろう。知っても理解は、できそうにないじゃないか。

 もしもその泉にたどり着くことができるのなら、一度は見に行きたいとは思うよ。そうだな。できれば、体操座りなんかをしている日が良いな。


読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。