13. 殻の中に
冬のおやつの定番と言えば、なんといってもナッツだ。
アーモンド、ヘーゼルナッツ、ペカンもいいし、ダティルや杏みたいな干した果物も悪くない。最近ではエキゾチックなナッツや、果物もたくさん手に入るようになった。ちょっと贅沢なオレンジやレモンの蜜漬けも、寒い時期ならば風邪の予防と称して、気兼ねなく食べられる。
これらは年中買えるけれど、夏場は湿気と高温で冷蔵庫に入れなければいけない。そうすると食感が悪くなったり、乾燥しすぎてしまったりする。だからやっぱり、ナッツやドライフルーツは常温で保存ができる、冬の食べ物ということになる。
我が家ではクリスマス近くなると、殻付きのクルミを山ほど、果物かごに盛り付け始める。これは母方の家の習慣で、祖母の仕業だ。ご先祖様の教え通りに、毎日クルミを三つ食べると長生きできる、と信じている。
僕は殻を割る時道具は使わないのだが、今年で九十二になる祖母は握力が弱くなったので、曾祖母から譲り受けたというくるみ割りを愛用している。
これはドラゴンの形をした木製の、一見置物みたいに見えるもので、口のところに穴が開いている。クルミをその穴にセットして背中のねじを回すと、殻が締め付けられてヒビが入るという、至極単純な造りだ。だが古いためか、ねじの部分は外れやすく、使用にはちょっとコツがいる。
背中のねじはなぜか、小さな人型をしている。
僕はそれを、ドラゴン退治の伝説から、聖マルタのような、誰か聖人だろうかと思っていた。その日に殻を割ってみるまでは。
その日、僕はいつもなら通らない道を歩いていて、路上市に行き当たった。
僕の家の近所では毎週金曜日に開かれるのだが、ここでは水曜日だったのだ。曜日によって場所を変えている市のことだから、同じ出店である場合も多いのだが、運よく知らない店ばかり開かれている。
急ぐ予定ではなかった僕は、ちょっと寄り道してみることにした。
普段着やキッチン用品など、日用品を多く扱う近所の市とは異なり、ここの露店は食料品店も多かった。お決まりのキャンディやチーズ、加工肉のトラックが並ぶ中、ひときわ背の高いテントの店に、ナッツが沢山並んでいるのが目に映った。
小柄な老人が、ずいぶん大量に買い物をしている。その会話に聞き耳を立ててみると、どうやら近隣の農家が集まって作った、直売店であるらしい。老人も提携する同業者の一人だが、今日は店番ではないので客としてきているようだ。
週回りで当番が変わるらしく、今日の店主は中年のおじさんだった。がっしりとした肩幅がいかにもと言った感じなのに腹回りがトドみたいで、いかつい顔なのに愛嬌がある。
まだ用事はこれからなので、今買い物をして荷物を作るなんて、愚の骨頂だ。
だが帰り道にまだ市が開かれている保証はないし、どれもこれもおいしそうに見えて、食べ損ねたくはない。この際、ちょっと重りを持って歩くことに目をつぶろうではないか。
会計時に事情を話すと、店主は豪快に笑った。
「もっと重たくなっちまうけど、おっちゃん家のクルミをおまけしてあげよう。遠慮すんな、これは商品じゃないんだ。老木だけど味が良くてな、しかも毎年山ほど採れるんだよ」
おじさんは通常より一回りも大きな殻付きクルミを、ビニールの袋にみっちり詰めてくれた。僕はクルミが大好きなので、本当にうれしい顔をしたと思う。おまけのおまけに五つ位手にも乗せてくれたおじさんに丁寧にお礼を言い、僕はホクホクしながら市を後にした。
用事を済ませて家に帰ると、居間で祖母がお茶を飲んでいた。
重さには辟易させられたものの、今日の戦利品を自慢したくてしょうがない僕は、早速テーブルに買い物したものを並べて見せる。アーモンドは殻がきれいな茶色をして厚みがあり、干しイチジクはぷくっと実が太って柔らい。祖母のほころぶ顔をみれば、重さに耐えて買ってきたかいがあったというものだ。
祖母が僕の分のお茶を入れてくれたので、お茶請けは僕が用意することにした。
ポケットから先程のクルミを取り出して、二つ合わせて握りつぶす。道具なしに割るコツは、溝を合わせて一点に集中して力を入れることだが、大きなクルミなのでうまく握ることができない。それでも思ったほどてこずることなく、しかも中身が砕けずに開くことができた。さて、これで味も良ければ百点満点、と中を覗いてみてぎょっとする。
小さなヒト型の何かが、そこで眠っていたのだ。
「あら、冬越し小人が」
僕の手の中を覗き込んで、祖母が驚きつつも、なんだかうれしそうにそう言った。
それは全身が白くて、磁器のように光っている。骨格は単純で、凹凸が少ない。軟体生物のような肌に、関節や目の周りだけにうっすらと紅が入っていて、きれいなのにそこはかとない気持ち悪さを感じさせた。
「話したことなかった? 何百年も生きている樹からとれる木の実にはね、時々こうして小人が巣くっているのですって。そういう樹の根には竜が住み着くことがあるのだけれど、それが悪い竜なら、小人たちが木の実を渋くさせて、追い出してくれるのよ」
それを聞いて、僕は曾祖母のくるみ割りの正体を知った。あれは、この物語によるものだったのか。そう考えると、少しだけ親近感が湧く。
暖房の効いた家の中、割られてしまったクルミの中で、小人はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。祖母は手元にあったティッシュをちぎって、毛布代わりとしてその上にかけてやる。昔はこうして間抜けな小人が木の実の中で冬眠しているのを、うっかり開けてしまうことがたまにあったのだそうだ。
「だからね、ちょっとソレ、とってくれる?」
指されて持ってきたのは件のくるみ割りで、祖母は皺だらけの手でゆっくりとねじを開くと、小人の入ったクルミをそうっと合わせて、穴に収めた。そして慎重に殻を固定すると、それが割れない程度に、しかしうまく固定されたことを確かめた。そして、ひねるための持ち手を抜いて、ポケットに隠してしまう。
目を丸くしてそれを見ていた僕に、祖母はにっこりと微笑んだ。
「おばあちゃんが、こうやっていたのよ。あとは立春までこうしておいてあげましょう」
暖かくなって目が覚めれば、自分で巣まで帰れるから大丈夫。
祖母はドラゴンの口の中を覗き込み、割れた隙間から風が入って寒くないように、周りをティッシュで包んであげている。くるみ割りが使えなくなったので、この冬は僕が祖母のためにクルミを毎日割ってあげなければいけないな。袋にいっぱいのナッツを見て、何気なくそう思った。
木彫りのドラゴンは、口いっぱいに紙を詰め込まれて、なんだか息苦しそうに見えた。
読んでくださってありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。