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ソーシャルインクルージョン研究のいま

高齢者が安心して穏やかな気持ちで生活するにはどのようなことが大切でしょうか。
ここでは「東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム」の研究から、高齢者について最新の話題を取り上げます。

今回は、高齢者の感謝について、小野真由子研究員の研究をご紹介します。

感謝の気もちを抱く対象は年齢によって変化する

「感謝」は、自分にとって価値のあるものを得たと認識したときに生まれる感情や行動のことです。感謝の気持ちを持つことは、満足で意味のある人生につながるといわれています。これまでの研究で、何に感謝するかは年齢によって変化し、年齢が高くなるにつれて、感謝の対象は広がっていくと考えられていました。そこで小野研究員らは、高齢者が実際に何に感謝の気持ちを向けているかを、インタビューのデータをもとに分析しました。

インタビューは地域に在住している65歳以上の男女20人(平均年齢76.3歳)を対象に、1人30〜60分で行いました。「感謝した、あるいは感謝していることはありますか」と尋ね、その際により多くの語りが引き出せるよう、以下の7つのテーマを設け、それにまつわる感謝の経験も語っていただきました。


高齢者が感謝の気持ちを抱く対象は多岐に広がる

インタビューのデータは、「対人関係」の中で生まれる感謝と、「人との関係以外」で生まれる感謝の2つに分けて検討されました。

その結果、対人関係の中で生まれる感謝には、親が産み育ててくれた、学校の先生が世の中のことを教えてくれたといった【子どもの頃の世話】に対する感謝、仲間との出会いや長い付き合いの友達などの【大切な人とのつながり】への感謝、また日常生活の支援や周囲の人の気遣いや優しさなどの【自分へのサポート】への感謝がありました。加齢とともに気力や体力は低下していきますので、身近な人からのサポートに感謝することが多くなっていることが伺われます。

これらは自分が得た利益に対する感謝といえますが、感謝の対象はそればかりでなく、施設スタッフが親の世話をしてくれた、周囲の人が家族を助けてくれたなどの【家族へのサポート】もありました。家族や友人から自分が必要とされている、地域の仕事の手伝いができるなどの【自己有用性】への感謝もあり、他者の利益に関することも感謝の対象になっていることがわかりました。

また【大切な人の存在】への感謝には、家族が一緒にいてくれることへの感謝のほか、頑張って生きてきたこれまでの自分も大切な存在として認識しており、感謝には“褒める”という気持ちも含まれていると小野研究員は述べています。


人との関係以外で生まれる感謝には、【恵まれた生活環境】や【心身が良好な状態】への感謝がありました。【恵まれた生活環境】には、経済的なこと、食事ができること、住む家があることなど、衣食住に関することのほか、毎日が平和に訪れることや自然への感謝、さらに公園の清掃やごみ収集といった社会的サービスへの感謝も含まれています。

我慢することを教えてくれた辛い経験や、病気を経験して健康のありがたさがわかったことなど、【自分にとって困難な経験】からも感謝の気持ちが生まれていました。良いことだけでなく、ネガティブな体験もかけがえのないものとして受け入れていることがわかります。神様や先祖など【見えない存在】への感謝、さらにそれらを統合した【これまでの人生で受け取ってきたすべて】への感謝もありました。

自分の身近にあるものに対する感謝に加え、これまでの自分自身、困難な経験、さらに見えないものへの感謝など、高齢者の感謝は広がっていきます。高齢になると、誰かのために何かしてあげたいなど、他者の利益を尊重する利他性の傾向が強まるともいわれています。こうした傾向は、高齢者が長い人生の中で得た様々な経験によって自らの持つ価値観が成熟し、若い頃に比べ物事に対する見方が変わっていくからだと考えられます。加齢に伴う心理的な変化の中で、感謝の気持ちは高齢者の豊かな人生を支える非常に重要な心理です、と小野研究員は述べています。



##引用論文
小野ら. 高齢者における感謝の対象―対人関係の中あるいはそれ以外で生起する感謝の検討. 応用老年学 17(1): 51-61, 2023.

文/八倉巻 尚子(医療ライター)

##小野真由子研究員からのひとこと
高齢の方は何かをしてもらったことへの感謝だけでなく、大切な人の存在や社会全体に対しても感謝の気持ちを持っていることがわかりました。感謝はポジティブな感情の1つであり、特に高齢者においてはより良く過ごすためのウェルビーイングや精神的健康の向上につながります。また人生の受容にも関係するなど、最期までより良く生きることにつながる心理です。親切にしてくれた人に感謝の手紙を届けたり、その日に感謝したことを記述するなどの介入研究もありますので、今後、いかに日常生活で感謝の気持ちを取り入れていけるかを考えていきたいと思っています。





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