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あなたがこうしていなくなって


寒い冬の朝。思い出してしまう人がいる。

私が中学生の頃に亡くなった祖母のこと。

身内に女の子がいなかったから、私が生まれた時本当に喜んでくれたらしい。
いつも優しく、とにかく甘やかしてくれた記憶が残っている。

小さい頃、父が仕事の都合上朝早くから出かけるため、休みの日は祖母の家に預けられていた。

朝ごはんは、カリカリのベーコンと「今日は特別だよ」と笑いながら、いつも卵2つで作ってくれる目玉焼き。
祖母が作るご飯はどれも美味しくて、ほっとする味だった。
一緒に公園に行ったり、買い物に出かけたり、そんな時間が幸せだった。


小学校高学年になると、私はクラブチームでスポーツを始めた。
毎週末練習があり、祖母の家に行くことも減った。
年に2回お盆とお正月しか会えなかったが、その分会いに行くのが楽しみになった。

祖母は、会えない時もよく電話をしてくれた。
出かけるたびに、見つけた美味しいものをお土産を買ってきてくれた。
離れていても、言葉で、行動で愛を伝えてくれた。

振り返るといつもいつも周りのために生きていたような、優しさに溢れた人だった。



中学生になり、部活がいっそう忙しくなった。
お盆も練習があり、家族の中で私だけ祖母に会いに行けなかった。
寂しい気持ちもあったけど、次のお正月に会えるのを楽しみにしていた。

中学2年の12月。
ふと夢の中で祖母に会った。
よく姿が見えなかったけど、優しい声と笑顔ですぐに祖母だとわかった。
しばらく会えていなかったので、嬉しいとともに少し懐かしい気持ちになった。


そのまま目が覚めると、父から電話があった。


「おばあちゃんが亡くなった。
 学校が終わったら今日はすぐに帰ってきて。」


普段辛い顔や涙一つ見せたことのない父が、電話口で泣いていたのを
今でも鮮明に覚えている。





それから何年も私は祖母の死を受け入れられなかった。
まだそこにいるんじゃないかって。
優しい声で笑いかけてくれるんじゃないかって。

大人になったら一緒に旅行に行きたかった。
もし結婚したら一番に花嫁姿を見せたかった。
一緒にしたいことが沢山あった。

自分だけ会いに行けなかったことを何度も後悔していた。






それから数年後。私はSHE'Sに出会った。

きっと何もかも無駄に思えて嫌になるだろう
でもあの涙と笑い声が背中を押す
強く生きていくこと

心の中にあったわだかまりが少しずつ溶けて行く気がした。

どれだけ後悔しても、もう二度と会えない。
あの優しい声やくしゃっとした笑顔を見ることはできない。

けど、その思い出たちが私の中には残っている。
何年経っても、ずっと背中を押してくれる。
だから大丈夫、そう思えた。

抱えきれないほどの愛を
残った僕らが渡していかなきゃ
それくらい出来るだろう
そっと ずっと

この曲を聴くたびに祖母のことを思い出して、苦しくもなるけど、
愛おしい記憶に支えられて、前を向いて進んでいきたい。

今思えば、最期に夢の中で私に会いに来てくれたんだね。
おばあちゃんありがとう。
私も周りの人に、もらった愛を渡していくね。
季節をくぐり抜けた先で、また会えますように。

LongGoodbye.

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