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旅と酒場と男と女 ~下田の酒場で出会いと別れ~

リゾートバイトでひと夏を白浜で過ごした俺は、20歳の誕生日を伊豆の白浜で迎えた。
当時は、その後10年以上続けて伊豆・白浜を訪れるようになるとは思ってもいなかった。

毎年何をしに白浜を訪れていたのか?
海水浴というよりは、当時のバイト仲間の顔を合わせることを口実にして、ただ飲みに行っているといった方が正しい。
終電で埼玉から一緒に向かう仲間と合流して飲み始め、始発に乗って出発する。

「伊豆急踊り子号」でももちろん飲み、ビーチに着いたら海を眺めながらさらに飲み、当時のバイト仲間と顔を会わせて乾杯する。
そのまま泊まって帰ることもあれば、日帰りで帰ることもある。
いずれにしても、「伊豆急下田駅」近くの酒場で時間が許す限り飲んでから帰るのがお決まりのパターンだ。


まぁこんな飲みっぱなしの下田旅なので、一緒に帰る仲間が酒場で眠ってしまったことがあった。
気持ちはわかる。
ただ、ここで俺まで寝てしまったら、目の前にある「金目鯛の刺身」がカピカピの干物になってしまいかねない。
そして何より、左の席に座ったカップルの会話が気になっていた。


話を聞く限り、2人はお互いこの近くに住むカップルらしい。
俺のように遊びに来たのではなく、地元のお店で昼飲みといった様子。
しかし、ちょっと穏やかじゃない状況だ。

理由はよくわからないが、彼女の方から別れ話を切り出したようだ。
最初は食い下がっていた彼氏も、今はテーブルに額がつくのではないかってぐらいにうつむいている。
俺の目の前で深い眠りについた仲間といい勝負だ。


「いつも都合悪くなるとだんまりだよね。
 最後ぐらいはっきりしてよ。
 もう別れる。これでいいでしょ?
 YESかNOではっきり答えて。」


男は何も答えない。
てか、この場合でもNOって選択肢を与えてあげるんだ。
もしかしてまだ可能性ある?
というか、NOってはっきり言ってくれるのを待ってたりする?


「ねぇ。聞いてるの?
 もう別れる。それでいい?
 何とか言って。」


男は何も答えない。
さっきより頭が下がってる。
もしかして寝てんのか?


「もういい。
 1分以内に返事がなければ、もう別れる。
 本当にいいね?」


カウントダウンが始まっても、男は何も答えない。
彼女もイラついてるけど、俺もイラついてきた。
この男はどうしたいんだ?
数分前までは何やら謝っていたけど、もう諦めたか?

結局、彼女は無言で立ち上がり「さようなら。」とだけ言い残して、伝票を持って去っていった。
立ち去る彼女を目で追いかけると、レジ近くの座敷席で大学生グループが盛り上がっている。
刈り込んだ短髪が爽やかな男が立ち上がり、向かいに座る女の子に向けて何か言おうとしている。


「友達として参加する合宿は今回で最後。サラちゃん、俺と付き合ってください!」


店内のお客さんの視線が集まる中、少し恥ずかしそうなサラちゃんは首を縦に大きく振って応える。
盛り上がる大学生グループ。
拍手をするお客さんたち。
その拍手に「ありがとうございます!」と応じる。

ドラマのようなタイミング。
「現実は小説よりも奇なり。」とはよくいったものだ。
さっき席を立った彼女も、お会計をしながら拍手している。
次はちゃんと自己主張してくれる男がみつかるといいね。余計なお世話だけど。


酒場では、様々な人たちの人生が交差する。
人生のドラマが酒場には詰まっている。
これだから酒場通いは辞められない。


告白に成功した男はサラちゃんの隣に移動し、肩を抱き寄せこれ以上ない笑顔を見せている。
思いを寄せるサラちゃんと一緒に参加した合宿は、最高に楽しかったに違いない。
そして最高の思い出になったことだろう。
一方で俺の隣には、いまだうつむいたままのフラれた男。
目の前には、同じような姿勢で眠り続ける大男。
2人とも微動だにしない。
電車の時間が近づいてきた。
俺がここで飲んでいる間に、この2人が動く姿を見ることはできるのだろうか。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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