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旅と酒場と男と女 ~那覇の酒場で出会ったのは女王様とM~

南国好きを公言しているのに、沖縄に行ったことがない。
アロハやかりゆしばっかり着ているのに、沖縄には行ったことがない。
それが俺のコンプレックスだった。
だからこそ、社内イベントの成績優秀者上位2名のみが行ける沖縄へのご褒美研修旅行はなんとしても行きたかった。

そして見事、ぶっちぎりで1位の成績をおさめ沖縄行きをゲット。
有言実行の男とは、俺のことよ。


沖縄は本当に最高だった。
一瞬で虜になるとは、まさにこの事だった。

美しい海とオリオンビール。
心地いい気候とオリオンビール。
陽気な人たちとオリオンビール。
美味い沖縄料理とオリオンビール。
沖縄の全てがオリオンビールとの見事なベアリングをなしている。
俺にはそう感じた。

夜の会食もなかなかスリリングだった。
右手には常にオリオンビール。
左手に泡盛の水割り。
ハブ酒やシークヮーサーサワー、パイナップルやグァバのお酒……。
「ちゃんぽんは気を付けなよ。」
お酒を飲み始めた頃、先輩に言われたっけ。
でも、すいません。
今日だけはガッツリちゃんぽんさせてください。

かちゃーしーってのも新鮮だった。
同じお店で飲んでいた他のお客さんと一緒になって踊るなんて、埼玉にいたらそうそう見られない光景だ。


会食を堪能し、ちゃんぽんして飲みに飲んだ俺は、那覇での夜を終える……わけがない。
ホテルに一度戻ってシャワーを浴び、かりゆしウェアに身を包んだ俺は、再び那覇の街へと繰り出した。

すでに夜は更けている。
残された時間はそこまで長くない。
俺は賑やかな大通りから少し入った場所にある酒場を見つけ、今夜はそこで〆ることを決めた。


時間が遅かったにもかかわらず、客席は6割方埋まっていた。
カウンターは満席だったので、仕方なく2人用テーブルに腰をかけた。

オリオンビールをジョッキでいただく。
ゴクゴクと喉をならし、一気に飲み干す。
やっぱり沖縄以上にオリオンビールが美味しく飲める土地はない。

会食で腹一杯だったが、やはり何か酒の肴は欲しいもんだ。
「島らっきょう」と「ミミガー」、そして「ヤギの刺身」を頼んだ。


「ふふふ。お兄さん、なんだか精のつきそうなものばかり頼むわね。
今日はどっかに遊びに行くのかしら?」


隣のテーブルで飲んでいた女性2人組が、悪戯っぽい笑みを浮かべて話しかけてきた。

杏樹(仮)と美加(仮)は、東京から2人で遊びに来たらしい。
「なんの友だち?」という問いには、意味深な笑みを浮かべている。
話の流れで「恋人?」と聞くと、笑いながら杏樹が答えた。


「付き合ってないですよ。美加には彼氏もいるし。
友だちっちゃ友だちだけど、ちょっと普通の友だちとは違うかな。
美加は元々、私のお客さんだったの。」


なるほど。仕事上で知り合って意気投合。
一緒に沖縄に遊びに来るぐらい仲良くなったけど、仕事の歓迎もあるから完全な友だちではないと。
めんどくさ。そんなに仲良しならもう友だちでいいじゃん。
そう思ったとき、いい感じに酔っ払っている美加が口を開いた。


「私たちね。女王様とMなの。
彼女が女王様で、私がM。」

杏樹も続く。

「そうそう。私が働いているSMクラブに彼女がお客さんとして来て、仲良くなって、お店の外でも会うようになったの。」


酒場ってのは本当に面白い。
時にこうして、俺の知らない世界の話を聞くことができる。
2人がなんでも聞いてというので、お言葉に甘えることにした。
女王様とMをセットにしてインタビューできる日がくるとは思ってもみなかった。


美加は鞭で叩かれるのが好きらしい。
痛いのではなく、気持ちいい。
叩かれたことがないなら、1回試してみるといいと言われた。
ちょっと何言ってるかわからない。

ただ、暴力は嫌いでDV男は論外。
彼氏は優しい年下らしい。彼氏も美加がMであることは知っているけど、2人の間でSM的な行為はなく、求めてもいない。
いたぶられ、辱しめられ興奮するのは、相手が女王様のときだけなんだとか。


杏樹の仕事用の写真も見せてもらった。
感想は一言。かっこいい!
光沢のある黒のボンテージと網タイツ。ピンヒールのロングブーツ。
オールバックにしま髪の毛。
頭上に鞭を構えて、カメラに冷たい視線を向けている。
誰もが想像する女王様スタイルに身を包んだ杏樹は、今目の前で話している彼女とは全く印象が違う。
本当にこれは杏樹か? いくらなんでも別人すぎるだろ?

「今、この写真が本当に私かって思ってるでしょ?」

杏樹に心を見透かされた気がした。
流石は女王様。
しかし、話をすればするほど杏樹と女王様が結び付かない。
落ち着いたたたずまい。
口にする言葉のひとつひとつに感じる知性と品位。

本物の女王様が「女王様とお呼び!」と言いながら鞭を振るうのか知らないが、今目の前にいる杏樹からは、そんな攻撃的な雰囲気は全く感じない。
つくづく不思議なオーラをまとった女性だった。


1時間ほど話をして、2人は泊まっているホテルへと帰っていった。
今日は沖縄の文化や歴史、泡盛、流行り、そして女王様とM。情報をちゃんぽんし過ぎたようだ。
そんなことを思いつつ、ジョッキに残っていたオリオンビールを思い出した。
そして、ここが沖縄であることを思い出した。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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