旅と酒場と男と女 ~神戸のデートは69点~
阪神ファンというわけではないけど、野球をやっていた者として「阪神甲子園球場」はやっぱり特別な球場だ。
大阪から神戸へ向かう途中、デイゲームの阪神VS.ヤクルト戦がやっていると知り、当日券で入場した。
バイクで来たから、当然ビールは飲めない。
この場所で飲めたら、さぞ美味いんだろうと思いを巡らせた。
続いて向かったのは「メリケンパーク」。
メリケン波止場の一角では、1995年1月に発生した「阪神淡路大震災」の影響を今に伝えている。
澄みきった青空の下、神戸港を臨むこのロケーションで飲むビールは間違いなく美味い。
そんな想像を膨らませていたら、周囲はカップルだらけ。デートスポットを一人で長居するべきでないことを学んだ。
埼玉からバイクで一人旅に出て4日目。
この日の舞台は神戸だ。
三宮付近のユースホステルを選んだ理由はただ一つ。中華街やこの街の酒場で一杯呑るためだ。
神戸の景色があまりに美しく、ついついバイクで走る時間が長引いてチェックインが遅れてしまった。
宿に着くと、他の宿泊客はもう外に行ってしまったようだ。
部屋に荷物を置き、俺も飲みに出よう。
そう思って再びリビングを通ったら、後ろから声がした。
「君も中華街に行くの?」
振り向くと、窓側のソファーに座り、コーヒーを飲んでいる女性がこちらを見ている。
「行きますよ。中華街をふらついてから、どっかいい感じの飲み屋でも探そうかなって感じです。」
「そうなんだ。なら一緒に行こうよ。さっきの人たちは、なんかノリが合わなくて断っちゃったけど。
準備してくるから待ってて。」
ピンときた。たぶん苦手なタイプの女性だ。
「俺もノリが違うかもよ。」
と言う前に、彼女は部屋に向かって小走りで行ってしまった。
彼女の名前は陽子(仮)。
中華街が好きで、年に何度かこの宿を利用しているらしい。
年齢は聞かなかったけど、たぶん俺(当時22歳)よりはちょっとお姉さんな気がする。
お互い缶ビール片手に中華街へ向かう。
どうにも会話が噛み合わない。
ちょいちょい「これわかるでしょ?」的な話をされるけど、全然ピンとこない。
なんとなく伝わってきたのは、陽子は自分がチヤホヤされたいタイプなんだなってことだ。
そうこうしてたら中華街に到着。
さすが定期的に来ているだけあって、やたらとお店に詳しい。
「小籠包」やら「春巻き」やら買って食べ歩いていると、陽子は盛り上がってる5人組を指差して言った。
「あの子たち、同じ宿に泊まってる子よ。
若いよねー。学生ノリっていうの?
私も一緒にって誘われたけど、もうああいうの無理だなって思って断っちゃった。」
ははーん。なるほどね。
大学生の男3人だけならまだしも、女の子2人も一緒となれば、自分が輪の中心になれるかわからない。
それが嫌だったわけか。
てか、おい!
俺も大学生(当時)だぞ!
確かに昔から実年齢より上にしか見られたことないけど、現役バリバリの大学生。
あんなの無理でも何でもねーわ!
「俺も大学生なんだけどね(笑)」
陽子は少しだけ驚いた顔をして言った。
「そうなの? 雰囲気落ち着きすぎじゃない?
少し年下ぐらいに思ってたわ。
あっちの方がいいなら、私のことは気にしないで行っていいよ。」
あら?
ずいぶんとしおらしいこと言うんだね。
さっきまでの態度と全然違うじゃん。
ここで一人にするのは、さすがにかわいそうかな。
「別に知り合いでもないし、あっちには行かないよ。
てか元々、中華街をふらついたらこの辺でいい感じの酒場に行こうと思ってたから、俺はぼちぼちそっち行きますよ。
陽子さんが宿に戻るなら送ってくよ。」
そう言うと陽子は再び少し驚いた顔をして、俺の行くお店についてきたいという。
で、一緒に飲みに行くことになったが、数分後には後悔した。
さっきの5人の悪口が止まらない。しかも根拠のない悪口ばっかり。
そもそも、さっき会ったばかりの人たちなのに、よくそんな悪いとこばかり目につくな。
なんだかどっと疲れてきた。
せっかく神戸の酒場を堪能しようと思ったのに、これは適当に切り上げて寝た方がよさそうだ。
一軒め。いかにも老舗って感じの色気たっぷりな酒場。
生ビールで乾杯し、お通しの「マカロニサラダ」を食べる。もう最高だね。
「陽子さんは? なんか食べたいのある?」
「ううん。任せる。」
「じゃあ、どてやきと焼き鳥盛り合わせ、ポテトサラダください。」
「え? マカロニサラダあるのにポテトサラダも頼むの?」
「やかましいわ。どっちも食べたいから頼むんだ。」
なんて心では思っていても、声に出さない俺はジェントルマン。
一緒に飲んでいる相手を楽しませてあげたいと思ってしまうのは、生まれついてのサービス精神なのだろうか。
「どてやき」は柔らかい牛スジと、味噌の甘味が絶妙。
「ポテトサラダ」はシンプルだけどこれぞって感じ。
いい酒場だ。一人でじっくり堪能したかった。
いつになるかわからないけど、また神戸に来たらここに来よう。
そう誓って店を出た。
「次はどんなお店に行くのかな?」
そう言うと陽子に、今日は疲れたのでもう帰ると伝えると、もう一杯だけ飲みたいと意外な反応。
店は任せるというので、サクッと飲んで帰れる立ち飲み屋で一杯呑って帰った。
帰り道に目に入っただけでも、入ってみたい酒場は何軒かあった。
「一人で飲みたいから、帰ってもらっていい?」
こう言いたいけど言えない。
さっき一瞬見せたあの表情は、本当に淋しそうに見えたから。
誰にでも気を使ってしまうのは俺の弱点かも。
そんなことを考えていたとき、陽子が口を開いた。
「お話ししててとっても楽しかった。
バカみたいなテンションで来ないのもいいわ。
でも、女子をデートに誘ったのなら店選びはもう少し考えた方がいいわね。
2軒続けて、同じようなお店に入るってのはちょっとね。」
耳を疑った。
一体、いつ俺がデートに誘ったというのか?
「今日のデートは69点ね。合格点には少し届かなかったわ。
もう一回誘われても断っちゃうかも。」
やっぱり、断るときはちゃんと断ろう。
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