見出し画像

キミガ・スキダ。【物語・先の一打(せんのひとうち)】57


高橋はネクタイを選びながらふと、奈々瀬にみつめられた自分の興奮を、奈々瀬はどこまで把握したのだろう、と思った。


いつごろからだろうか、口では四郎と奈々瀬の初恋を是が非でもうまくいかせるために、自分は相談係に徹する、と二人に言い続けているのは。そして、「恋の相談係」という役どころが、ヒロインが最もたやすく恋心をうつしてしまいやすい、危険な存在であると知って警戒しているのは、いつごろからだろうか。


いつからだろうか、跳ねる小鹿みたいな奈々瀬のすんなりした手足を見るだけで、ういういしい体のラインを見るだけで、自分が猛るのは。

二人の恋の相談係になる、という以上、自分としては特定の彼女を持ったほうがよかった。けれどもこの状態でだれかとつきあっても、きっとうまくいかない。会っても話しても上の空でいることを、相手は読み取って傷つくだろう。体の余分な熱を何かのサービスで処理してくる気にも、なれなかった。体の目的は達するだろうけど、わざわざ金を払って自分をむなしくすることはない。


そうなのだ。あとがむなしい、あれがいけないのだ。


自分にとって、体をつなぐことは店舗サービスで始末をつけられるほどカラッとしていない。もっとじっとりと骨がらみに湿っていて、深い思いの相手との間にあることがらだ。

スーツとネクタイはやめた。女子高生が文具の買い物に出たとき、兄さんが車を出してやる、そんなカジュアルな衣服にあらためた。


四分で着替えて戻ってきた高橋をふりかえって、奈々瀬は頬をあかくした。困った、だいぶデートを意識して、わくわくしてしまっている。


この三人のまわりでは、今、なにもかもがちぐはぐになっていた。吸い付くように寄り添っていく気持ちと体がちぐはぐ。やりたいこととやってはいけないと頭で知っていることがちぐはぐ。こうありたいと思っていることと制限事項とがちぐはぐ。互いの好意がかみ合わず、互いの意向が錯綜する。

「ゆっくりでいいよ、奈々ちゃん」高橋は手帳になにか書き込みながら、声を投げた。少ない手荷物のなかから、はおりものと外出着と靴下をひっぱりだして、せいいっぱいの組み合わせを考えている、輝くばかりの年頃の女の子。ほぼ、着の身着のままで逃げてきたから、カラーバリエーションがすくないことを高橋が知っていて、それに添うように上下の色を奈々瀬の服から一段薄く一段濃く、一段地味に一段色相を落として生地を合わせてきたことを、このわずか十六歳の女の子は、どうしてか読み取って理解して、赤面するのだ。

一緒に歩く女の子が引き立つように、絵描きが、絵に注ぎ込む技術を、自分に対して使ったことを読み取って……


読み取って、この子は、赤面するのだ。


その理解されかたのこまやかさに、息をのむ高橋がいる。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!