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ひゃーきつかった。という日は、毛布で自分をくるみます。【物語・先の一打(せんのひとうち)】22

奈々瀬が小さく手をふっていた。安春の車が角を曲がったのを見送った三人は、ものすごく……ものすごく、ホッとした顔になった。

「こういう展開、ようやりきるなあ、お前。俺ようやらん」四郎が感動と脱力のまじった声を出す。奈々瀬も黙ってこくこくと首をタテに振り、著しく同意……の意思をしめした。

「ゴールのイメージと、三つぐらいのチェックポイントのイメージだけがあって、そこを通して後は流れに任せる感じ……」高橋は自分の車の運転席に移動……する前に、シルバーのA4アバントのボディに両腕を重ねてつっぷした。「賭けだったぁー、やりきったけど賭けだったぁー、痛かった、予想以上に痛かった!」

奈々瀬がその広い灰色の背広の背中を、ぽふぽふ、と軽くさわった。
灰色の背広の魔法使い。緞帳が下りた向こうで、こんなに素直に自分の気持ちをケアしていたのを、はじめて知った。

「うわぁん奈々ちゃん、なぐさめてくれてありがとう。ありがと」

車にぺたっとつっぷしたまま、高橋はくぐもった声でそんな風に言った。

そして自分の思うところを述べた。「……今後は、四郎と奈々ちゃんの親密さより、僕その輪っかの外側に出てなきゃ。そういうメリハリがついてなきゃ。間柄がおかしくなってっちゃうよ。
とってもほしかったなぐさめをダイレクトにくれたから、ちょっと変えないといけない気分になってる。僕だけの感覚かもしれないが」

四郎がつっぷしたままの高橋に聞く。「俺、お父さんの言っとった ”虐待サバイバー” に関する書籍文献、詳しくないんやけどさ。他人や仲間や支援者が、パーソナルスペースを侵さずに快適なハグやタッチ、スキンシップをするような方法、あるの?」

そしてあわててつけたした。「あ、とても答えれる状況やなかったら、今の発問ほっといて」

高橋は小さくうなずいて、三呼吸ぐらい黙って自分の面倒をみた。

そのあと、高橋はつっぷした体を、ゆっくりと元にもどしながら言った。
「まず、セルフハグという方法がある」いいながら自分の両腕を広く回して、自分の肩まわりを抱きしめた。
「潜在意識は自他の区別をつけない、つまり主語のない世界の知覚だから、これだけでも相当なケアになる。抱きしめている感覚と抱きしめられている感覚に、よーくとっぷりと漬かる感じで」

それから気づいて言い添えた。「言うの忘れた、四郎が言ってくれた ”パーソナルスペースを侵さない” というラインは、大事だけど、僕が見た限り、古い時代の支援では明確にされてなかった」

四郎はへえ、という顔をした。「今は明確なんか?」

高橋は自信なさそうに首をひねった。
「僕が専門外だからうまく最新情報を追っかけてないんだけど。一応もともと、どんな風だったかというとね。
セラピーを受ける側がセラピストのアシスタントにダイレクトに背中側からハグされる方法だったりした。それだと、ケアの対象はパーソナルスペースは侵されていなくても、アシスタントは胸や唇や下半身をケアの対象に密着しない、という設計にはなってないよね。

そのガイドラインと全く別に、当時報告された問題があってね。

指導にあたる教師や医師やセラピストに、もともとケアの対象を自分の性の対象としているので接触機会が増えると思ってその職につき、被害を拡大する人が混じりこんでいた。

今でも採用時のスクリーニング整備の文献は目にしてない。
僕飲食その他が専門だから、専門外なので寡聞にして、だといいんだけど。

ちょっと脱線したけど、ダイレクトハグをしてもしなくても、セラピストとケアの対象との間には ”好き” の感情は混じりこみやすい、転移と言われてる」

そこまで話して、高橋はボンネットにひじをついて空を見上げ、ふーーーっと息を吐いた。「ありがと。だいぶ調子が戻った」



「セルフハグ以外に僕が好んで使う方法は、自分で自分を毛布でぐるぐる巻きにして、繭(コクーン)の中にいるみたいな、包まれ感をもらうやりかた」

四郎がへええ、という顔をした。「基本的に、一人でできるやつばっかやん」

「そうだね」
高橋は運転席にすべりこんだ。後部席に乗った四郎と奈々瀬に言った。
「誰かにお任せにしない方法だけ、結果として選んできたかもしれないな。僕も自分で自分の面倒を見きる、ってことと、自立と孤立と孤独が、区別でききってないのかもしれない」

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!