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似合いのふたり!【物語・先の一打(せんのひとうち)】56


おじの康三郎のことについては……

直接四郎とすぐに話していいものかどうか、奈々瀬には判断がつかなかった。


それで、高橋に相談してみることにした。

「とっても相談しづらいことなんですけど」


奈々瀬のくるりとした目に見上げられると、いつも高橋はどきりとする。身体情報を読むのにたけている奈々瀬は、「どきりとしたことを隠そうか、いや隠してもこの子は読み取るだろう」と高橋が0.2秒の間に思い直して表情筋をわずかにととのえ、みじろぎをすることをすべて把握する。

奈々瀬はいつも、困ってしまうのだ。


十六歳。恋に恋する年頃だ。


高橋にいろんなところに連れて行ってもらって、いろんな景色を見せてもらって、どきどきするような接し方をしてもらうほうが魅力的だと感じる。

そして、高橋は四郎を生涯ひとりの親友と心に決めている。


好意の高まる奈々瀬に対して、あくまで四郎と奈々瀬の恋の応援と相談を受け持つ、と決めている。


そのことに対して、心がまるで床に散らばった千切りキャベツのように感じる。

そして奈々瀬が、常々四郎に薦められるとおり、もし先に高橋と付き合ったら…

きっと四郎は、「それがええ」とか「安心した」とか、小さな声でつぶやいて、奈々瀬と高橋の前から姿を消してしまうだろう。なにもかもなくしたあとの四郎には、その手に書き物はもはや残ってはいない、若いむなしい死しか残らない。それを知っていて奈々瀬を自分のものにできる高橋ではない。それを知っていて四郎を見殺しにできる奈々瀬ではない。

「とっても相談しづらそうだ、今ここで相談がいい?どこかで時間をとって、場所も変えたい?」


「四郎のことを相談したいから、四郎がいないとこなら、どこだっていつだって、いいといえばいいですけど」


「果物屋さんが併設してるカフェに連れてってあげたいな」


「え、ひとに聞かれちゃダメ。うちのお父さんと四郎の約束のことと、あの、奥の人さんアクマさんと、康三郎おじさんのことと、ふたつ……」

高橋は口を引き結んで、眉頭をすこし寄せ、”ふーん。困ったねえ” という表情をみせた。

「すっごく困るんです私。こんなややこしい初恋、ほんとにむり」

高橋は、同意……というように、あいまいにうなずいた。


「マスクを取って出かけてもへいきなぐらい、あざが目立たなくなった。じゃあねえ、奈々ちゃんの気分転換にだけ、果物をたくさん使ったデザートを食べに行こう。どう?」

「いきたい!」

弾んだ声をおもわずだして、そのことに奈々瀬はとまどった。

戸惑った奈々瀬に、高橋は言った。


「いいんだ、おさえなくって、よろこんでいいんだ」

高橋はなぜか、自分が美人画の制作にむかっているときの、厳しい表情で窓の外をみながら、そういった。


高校在学当時の受賞作「月下美人」以降、描いても描いてもだめな美人画……

「奈々ちゃんの年頃なら、ほんとは、わくわくするような初恋を体験していいんだ。だから、四郎とうまくいくための奈々ちゃんの心の栄養は、いくらだって僕があげる」

でもそれだと、高橋にどきどきして、四郎から離れて行ってしまう…奈々瀬はかすかに首を横に振った。

「高橋さんとおつきあいするほうが、私にとって簡単だし楽しいことだらけだって、わかってます。でも、もしそうしちゃうと、四郎と二度と会えなくなりそうな気がして」

「あいつはそうなったら、姿を消しちゃうんだろうな。僕もそれがいやで、ぎりぎりと自分を縛っている。


これまで何回喧嘩したか……

四郎には内緒だよ、こんな話を奈々ちゃんにしたこと。

四郎ってさ、思いつめたように話をはじめて、奈々ちゃんが僕とつきあったほうがどれだけ幸せか、四郎と奈々ちゃんがつきあうと、話もとぎれるし、どこへ連れて行ってやればいいかわからないし、どう扱えばいいのかわからないし、大けがさせちゃったり死なせてしまったりするかもしれないし、ってあれこれ並べ立てるんだ。まー、あれこれあれこれと」

奈々瀬は思わず失笑した。「わかる!! 思い浮かぶ!」

高橋もつられて笑った。「だからさあ、僕も、殴り方知らないけどなぐるぞ、ってさあ」

高橋は口をつぐんだ。「ごめん、10分待ってて。支度してくる」

奈々瀬も言った。「わたしも」

高橋は四郎の部屋に声をかけに行った。「四郎、奈々ちゃんを連れだして、二時間ほど、どこかほっつき歩いてくる。お前のことは、一人にして大丈夫か」

四郎はけだるそうに高橋を見て、あいまいにうなずいた。


自分がやった高橋の名前の強奪について、高橋にいろいろと、話しかけてみるべきではあった……それをせずに、ただ、無言でうなずいた。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!