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はじめてみたと言いつつ、オカルトすぎる状態をへいきで施術中。ーー成長小説・秋の月、風の夜(92)

宮垣耕造は四郎に説明をつづけた。

「先祖というのは、子孫をみまもって早々に、かたちをなくしていくものだ。成仏を忘れて自分達が、子孫にことごとく入り込んでいるなんてのは、卑怯卑劣千万なハナシじゃねえか。
オカルトすぎるから科学らしく説明するならば、脳の神経回路と遺伝子のレベルで、先祖が得た悪いクセを、みすみす遺伝させている、といっとこうか。

しかしこれは明らかに、先祖霊が大挙して入り込んでるぞ。
ふつうこんなのが数体もとりつけば正気でおれんし、生まれる前からがっつり神経系に噛み合わされてる。はじめてみた」

宮垣は、とんとんと脊椎をタップしながら、四郎に話しかける。

「こんなしょうがない状態で、ご先祖さま由来の脳神経回路と遺伝情報とが居すわるならば、居すわったかれらは、もはや、ものの道理はわきまえてない。であれば、子孫は先祖を諭して、さっさと成仏させてやるがいい。
生まれながらにこういう状態になってる以上は、嶺生(ねおい)くんが全権を託されたご当主ご当代だ。責任ある先祖供養つまり、かたちをとりはらわせることを、自らやりきることだ」

いいながら宮垣は、脊椎と頸椎から、何かを引き抜いていく。

ずぞぞーっと体から抜けて消えていく、透明だがどす黒い、よどんで粒の粗い何か。その異様な存在感に、四郎は身じろぎした。

動きがあるまではその重量と澱みと気配がわからず、体や心のぜんたいが重苦しく気鬱だが、それが当然と思い込んでいる。
そして去りぎわの気配はあきらかに意識をもっている。そいつらが体から出ると身も心もいちだんと軽く、視界があかるくなった気さえする。

脊椎、頸椎、脳、筋肉、内臓から、何かが大挙して出ていく。続々と。

「この、抜けよるのは何ですか……」

四郎は、ご先祖さまたちだと知りつつも、あえて聞いた。
高橋がご先祖さまを成仏させてくれた時より、もっともっと重量感と脳と体からの粘りつきの抜けがあり、抜ける後先の感覚がまったく違う。しかも抜けた後、神経繊維が物理的にみちみちと動くようすが体の内側をうごめき、まっすぐ戻る感覚がある。

「この抜けてるのが、さっき説明した、大挙して入り込んでる先祖霊だ。未成仏の錯乱状態で、ぎゅうぎゅうに圧縮して、白菜の漬物を無理やり樽に詰めたみたいに居すわってる。自覚はないか」
「……あります」四郎は震える声で答えた。「産まれる前から、困りに困ったご先祖さまんらが、俺をごみ箱にしやした自覚があります。……四-五代にひとりの先祖がえりにも、あたります」

「自覚ありか」宮垣は四郎の背を撫でた。びくっと四郎は過敏に反応し、もはやそれを押さえこめなかった。

「ちょっと待てよ。長男で数字の四がつく名というのは、四-五代にひとりの先祖がえりとやらのナンバリング・システムなのか?」
「はい。そうです」

長男だとわかる理由を、四郎は聞いた。

宮垣は四郎の頸椎の緊張を手ゆびでやわらげながら「体のこわばりやら甘えられなさやら、しっかりせねばならんと厳しく言われた跡などからわかる」と答えた。またごっそり、ご先祖さまたちが成仏していく気配があった。

「臓器や細胞に記憶がたまって意識が居すわるもんは、脳と神経系からも一緒に抜かないとダメだ。それから、大昔の誰かのおもいぐせの、もとのもとになったものを抜かないで、枝葉を抜いてもダメだ。
根っこを抜きのこすと、症状がぶり返すからわかる。誰か、わけのわかっとらん素人が、はんぱにやったな。迷惑なハナシだ」

四郎は何も返事をしなかった。宮垣が高橋のことを、実情を知らずにくさすのは悲しかった。
高橋が出会ってくれて、どんなにか四郎は救われたかわからないのに……

今度は仰向けだ。宮垣の分厚いてのひらが、股関節とS字結腸辺りを押さえる。
「……あっ……」四郎はまたもや何か、粗くにごった水分のない粒子の群れのようなものが、自分のからだをはずれて抜け消えるのにとまどった。

「ことごとく取ってしまうと、本調子にもどるだろう」

「……これは、ご著書の記述の中では、何ですか」

「九章にほんの少しかいておいた、人間の想念思考ぐせや捉えぐせが、脳や体にこびりついたものだよ。
嶺生(ねおい)くんの場合よくわかるだろうが、先祖の思いぐせをコピーしてためこんでしまうと、調子が悪くなる。気づくつど、もうこの先祖の体はなく時代は変わったのだから、子孫がその教訓を記憶しても害あるのみ、と自ら理解し手放すことだ。

先祖だの親だのにも、至らぬもの、話の通じぬもの、錯乱したものは、ときにいる。

いのちをつないでくれたことを感謝し拝むことと、悪想念に盲従し使役されることを、はきちがえず、わけることだ。
今困っているとしたら、先祖に受けた恩恵は千あり、先祖の悪想念は十ていどだ。感謝しながら悪想念をことごとく取りされ。
心を強く持ち、断固として優しく、自分は自分としてまっすぐ生きると主張することだ。現代生活のさまたげにしかならぬ意識は不要と伝え、子孫として、先祖のごちゃごちゃした想念を抜き掃除することだ。
供養とは単なる掃除だ。本にはオカルトやカルトにならないように書いたがな。
本来、整体とは思いグセ捉えグセ反射グセの整理である」


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!