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ダレてズルした自分が悪かったってこと。--秋の月、風の夜(24)

高橋が康三郎に笑いかけて、「康さん、ジム・ビーム割らずに氷なし?」と聞いた。
「ええかな」康三郎は、そっとグラスを押し出す。

「いつも呑まないジムビーム・アップル、味見してみる?」
「アップル?」
「アップルリキュール。ソーダ割にしなくても、いい感じだよ」言いながら高橋は、蒸留所で使うモルトグラスにちょっとだけ、ジムビーム・アップルを注いで渡した。

「あ、これうまいな」
「好きでしょ。……丸氷入れないほうがいい?」
「氷なしがええ」

四郎がいつも、常温浄水を氷なしで口にするのを、高橋は思いだした。
むやみに体を冷やさないようにしている、ふたりとも。
「ツカサが削った丸氷あるんだ。今夜だけ、楽しんでやってくれない?」
「……ほんなら、もらおうか」

高橋がツカサの丸氷をグラスに入れて、ジムビーム・アップルを康さんに飲ませる。
ツカサはそれを、きゅんとする思いで見ていた。

照さんはいつも、ピンチを切りぬけていく。一から十まで、ぜんぶ自分ごととして。
他人の勝手や他人のポカを、「経営者だから」というひとことで、自分の責任として、しょって立つ。

自分が何を裏切ったか、ふいにこみあげてきて、ツカサはとまどった。
あまり泣くな、といわれた……泣くな……と。

いつもよりごった返して、新しい客が客を回転させ押し出す。丸椅子をテーブルに増席する。「顔見に来たよ、一ヶ月ぶりだし」とか言われると、やはりオーナー話の条件として、「他人に任せないで時折高橋が顔を出す」というのは無視できないとわかる。だれてズルした自分が悪かった、そういうことだ。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!