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人間交差点の向こう側

東京・渋谷のスクランブル交差点。
人々の群れが行き交う中、一人の若い女性が立ち尽くしていた。
佐々木麻衣、28歳。
スーツ姿で、右手にはスマートフォンを握りしめている。
その表情には不安と決意が入り混じっていた。

信号が青に変わる。
人々が一斉に動き出す中、麻衣はためらいがちに一歩を踏み出した。
彼女のスマートフォンが鳴る。
画面には「園部部長」の文字。
麻衣は一瞬躊躇し、通話ボタンを押した。
「はい、佐々木です」
「どうだ?例の書類は手に入ったか?」
低い声が響く。
麻衣は周囲を見回しながら小声で答えた。
「はい...でも、本当にこれでいいんでしょうか」
「何を迷っている。これは君のためだ。
早く約束の場所に持ってこい」
通話が切れる。
麻衣は深いため息をつき、再び歩き始めた。

麻衣が向かったのはヒカリエの脇を進んだ脇にあるカフェ。
彼女を待っていたのは、先ほどの中年男性・園部だった。
「よくやった」
園部は麻衣から書類を受け取ると、にやりと笑った。
「これで君のミスは帳消しだ。昇進も約束しよう」
麻衣は黙ってうなずく。
しかしその目は悲しみに曇っていた。

カフェを出た麻衣は、再びスクランブル交差点に立っていた。
ふと彼女は、向かいのビルの電光掲示板に目を留めた。
「Breaking News:大手IT企業で機密情報流出の疑い」
麻衣の顔が青ざめる。
その時、彼女の肩を誰かが叩いた。
振り返ると、そこには昔の同僚・木村がいた。
「麻衣ちゃん、久しぶり」
麻衣は動揺を隠しながら応対した。
木村の一言は、彼女を脅かした。
「ねえ、最近会社で変なことない?
なんか、機密情報が漏れてるって噂があるんだけど

その夜、麻衣はアパートで一人、テレビのニュースを見ていた。
「当該企業の内部告発により、違法な情報操作が明るみに...」
突然、ピンポンが鳴る。
恐る恐る開けると、そこには見知らぬ中年男性が立っていた。
「こんばんは。初めまして、警視庁の森田と申します」
「何のご用でしょうか」
麻衣は震える声で答えた。
「実は、佐々木さんの会社の調査をしています。
あなたの上司、園部さんについて、お聞きしたいことがあるのですが」
麻衣は一瞬、全てを話そうと躊躇した。
しかし、自分の関与のことを考えると、喉に言葉が詰まる。
「すみません、私には何も」
森田はじっと麻衣を見つめた。
「本当にそうですか?
もし何か知っていることがあれば、今話すのが正解です。
後になっても遅いですよ」
麻衣の中で、葛藤が激しくなる。
「いいえ、私は何も知りません」
彼女はその晩、ほとんど眠れなかった。

翌朝、麻衣は決意を固めて会社に向かった。
一睡もせず、考えたのだ。
スクランブル交差点に差し掛かったとき、突然の騒ぎが起こる。
大型ビジョンに「Breaking News:IT企業幹部逮捕」の文字。
映し出されたのは、部長の園部だった。
麻衣が驚いていると、背後から声を掛けられた。
「こんにちは、佐々木さん」
振り返ると、森田が立っていた。
「実は、佐々木さんの同僚の木村さんから内部告発があったんです。
昨夜悩んでいた姿を見て、
あなたはきっと正しい判断ができると信じていました。
何があったか、話してくれますか?」
「私…ごめんなさい。全てお話しします」
麻衣は涙を流しながら頭を下げた。
森田は優しく麻衣の肩に手を置いた。
「あなたが選んだこの行いは決して間違いではありません。
勇気を出して真実に向き合おうとした。
それが大切なんです」
その時、麻衣のスマホが震えた。
目を落とすと、メッセージの主は木村だった。
「麻衣ちゃん、大丈夫?
会社のこと、麻衣ちゃんも知ってたのを知ってる。
一緒に正そうよ。まだ遅くない」
麻衣は深呼吸をして、返信を打った。
「ありがとう。私も全て話します。
一緒に、正しいことをしよう」

スクランブル交差点の信号が青に変わる。
麻衣は森田と共に歩き出した。
彼女の表情には、もう迷いはなかった。
人々が行き交うスクランブル交差点。
そこは、人生の岐路の象徴である。
麻衣は今日、自分の人生の新たな方向を選んだ。
彼女の背中には、勇気ある一歩を踏み出した者の誇りが輝いていた。

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