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【掌編】夕涼みと籐の椅子

 実家の縁側には籐の椅子が二脚、向かい合う形で置いてある。日が傾くと、奥の椅子に祖父、手前の椅子に祖母が座り、庭を眺めて過ごすのが日課のようだった。祖父と祖母は「今年は梅が綺麗に咲きましたね」「そうだな」程度の短い会話を交わすだけで、あとは日が沈むまでじいと座っている。幼い頃の私は、面白いことが起こるわけでも何でもないのに、祖父母が毎日そうやって夕方を過ごすのを不思議に思っていた。
 今考えると、そんな穏やかな時間を共有できる相手がいる人生というのはなかなか羨ましい。結婚願望はないけれど、あの籐の椅子を思うときだけは、結婚も悪くないんじゃないかと考える。
「やっぱりこういうね、決め事はよくないわね」
 けれど、籐の椅子に位牌を座らせた祖母が、そう酷く寂しそうに呟くものだから、どうにも足がすくんでしまうのだ。


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