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【エッセイ】誰とも出会わない覚悟

 人間は二種類に分けることができるらしい。人と関わることでエネルギーを蓄える外交的人間と、一人で過ごすことでエネルギーを蓄える内向的人間。高倉は議論の余地なく後者である。一人の時間が必須であり、できるだけ他人と関わらずに暮らしたい。
 しかし、人間が「人」の「間」に生きるものである以上、人との関わりは避けられない。人と健全に関わり続けることで人間は人間らしい形を保つことができるのではないか、と、所謂「無敵の人」のような、社会との接点を失った人の事件報道を聞くたびに思う。そしてこれは恋人と破局した折に痛感したことだが、信頼できる相手、心を預けられる相手は多ければ多いほど精神が安定する。人との関わりは持とうと努力するべきだ。
 であるにも関わらず、現時点の高倉は一人で過ごす安寧にかまけ、社会との接点はSNSと職場だけという有様だ。これはあまりにも危ういのではないだろうか。孤独というのは年を追うごとに耐え難いものになっていくと聞く。今は一人暮らしのおひとりさま快適ライフに寂しさも悲しさも感じていないが、今後も快適で居続けることができるかと言われると自信がない。恋人が欲しい、家庭が欲しい、と思った時には、誰も出会ってくれない関わってくれない拗らせ年増女になり果てているかもしれない。

 恋人と破局した時に激情のままインストールした出会い系アプリを、いまだにずるずる続けているのは、そうした将来への漠然とした恐怖心故だ。今のうちに誰かと出会っておけば、孤独は回避できるのではないだろうか、という浅はかな計算。
 先日、たまたま同じ通信業界で働く人とマッチングした。IT業界の人とは頻繁にマッチングするが、ネットワークエンジニアとなるとかなりのレアキャラだ。
「珍しいですね」
「ネットワークエンジニア、職場以外で初めて見ました」
 などと、業界の話や仕事の話、資格の話で盛り上がる。盛り上がっていたせいで、「会って食事でも」という申し出にうっかり「いいですね」と返してしまった。そのままするすると日程、場所が決まっていく。相手がなぜか乗り気なので、行きたくない、なんて言えようもない。そもそも、出会い系は恋人をつくる場所で、恋人になるにはリアルで会わなければ何も始まらない。行きたくない、会いたくない、ではどうして出会い系に登録しているのかという話だ。
 将来誰も関わってくれない化け物になる前に、高倉は誰かと出会っておくべきだ。このネットワークエンジニアさんとの縁が長く続くものにならなかったとしても、出会えばそれだけ経験値は溜まる。それが今後の高倉を生かすかもしれない。取り敢えず行くのが良い。行ったら楽しいかもしれないし。
 最悪の手は逃げだ。分かっている。でも逃げたい。行きたくない。

 そもそも、孤独を回避するために他人を利用しよう魂胆が浅はかで愚かしいのだ。出会い系で出会おうとする人は基本的に出会いに前向きで、目的に対してひたむきだ。出会い系とはそういう人たちのための場所であって、高倉のように、消極的選択でここにいる人間は場違いなのだ。嗚呼、行きたくない、行きたくない。
 結局そのネットワークエンジニアさんとは一緒に食事をしたが、食事は全然美味しくなかった。会話はチャットで交わした内容の域を出なかった。
 ネットワークエンジニアさんと解散してから、一度も出会い系アプリを開いていない。

 半端なことをしている自覚はある。いい加減覚悟を決めるべきなのだろう。どんなに不快でも、出会うことを諦めない覚悟。或いは、将来の孤独を受け入れ、出会い系アプリをぶち消す覚悟。
 後者は逃げなのかもしれない。今出会おうと動かなかったことを、後悔する日が来る気がしている。けれど、来るかも分からない将来に怯えて今を棒に振るのも愚かしい。そも、出会いを「今を棒に振る」行為だと思っているうちは、出会い系なんかやらない方がいいかもしれない。

 と、一人で悶々と考えていると、なんだか元気が湧いてきた。やはり高倉には一人の時間が必要だ。寧ろ一人の時間さえあれば、何があっても元気に暮らせるような気もしてきた。出会い系アプリを消す方向に、覚悟が固まりつつある。

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