見出し画像

【映画記録】曇天の道をゆく

本当のことを言い出せなくて、こんなところまで来ちゃったのかな。

映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」より

 映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」を観た。この映画の登場人物は皆、多かれ少なかれ、本当のことを言い出せずにこんなところまで来てしまっている。

 派遣教員の七海はSNSで知り合った鉄也と結婚することになり、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室に依頼する。新婚早々、鉄也の浮気が発覚し、さらに義母から逆に浮気の罪を被せられた七海は家を追い出されてしまい、安室に奇妙なバイトを紹介してもらう。

映画ナタリーより引用

 いまにも振り出しそうな曇天をずっと見上げているような映画だった。青空の兆しは無い。全部を洗い流してくれる雨も降らない。どこにも行けないのに、明日ばっかりやってくる。そんな、絶望と呼ぶには大仰だが希望だってあまり無い、生ぬるい日々が緩やかに続く。

 主人公の七海はあまりにも周りに流されやすい。自分の意思なんて特になく、なんとなく婚活サイトで異性と知り合い、なんとなく結婚する。結婚式に親族が少ないと見栄えがしないと言われたから金で人を雇い、浮気に憤る人の悪意に触れて同様に憤る。提案されたことを基本的に断れない。
 七海が自分の意思で選び取りたいと思ったものだけが、この映画のほんのわずかな晴れ間になっている。

 主人公の友人、真白は、七海とは対照的に自分の意思や意見をはっきりと持った人間だ。女優になりたいという意思を曲げずにAV女優と言う仕事に縋り、癌が見つかっても女優を続けるために治療せず、山奥のお城みたいな家を借りてメイドごっこに興じる。
 彼女が女優と言う生き方を少しでも曲げて、「痛い」「苦しい」を言い出せていたのなら、こんな結末は無かっただろう。真白が、人前で裸になることをどう思っていたのか、もう誰も知ることができない。

 人生は、夢と現実の折衷点にある。諦めきれない夢を見栄と呼び、本音は見栄に潰されるほど弱い。七海と真白に限ったことではない。
 高倉もまた、本当のことを言い出せずに、こんなところまで来てしまっている。本当のことを言えていたなら、違った現実がきっとあった。その先にきっと晴れ間がある。それでも、それをしなかった自分を否定することの方がずっと怖くて、生ぬるい曇天の下にずっといる。

 


この記事が参加している募集

#映画感想文

66,651件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?