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次世代のために 道筋を付けて

トラベルジャーナル 2022年9月19号に寄稿したコラムです。
2015年に観光系スタートアップとして鎌倉で起業し7年半。僕らは鎌倉という街に育てて貰ったと感じています。その感謝の気持ちを詰め込んで、このコラムを寄稿しました。

このコラムにまとめたのは、僕から見える鎌倉という一大観光地が抱える悩みと課題です。観光事業者として多くの地域と向き合ってきた経験と、この街で起業した「中の人」として眺め、ジブンゴト化していく中で感じてきた悩みと課題です。

僕はこの街が好きです。
この街に住む人たちが好きです。
だからこの街にある、この街ならではの価値を
ちゃんと次の世代にも繋いでいきたいと願っています。

鎌倉らしい"住んでよし訪れてよし"の観光地域づくりが進んでくれることを心から願いつつ。2022年を締めたいと思います。


トラベルジャーナル 2022年9月19号 に寄稿したコラム
「次世代のために道筋を付けて」

筆者は鎌倉で起業して7年が経つスタートアップの経営者である。今では多くの仲間がおり、生活もしやすく、理想的なワークライフバランスで過ごせるこの街が大好きである。私自身、歴史や文化についてはあまり詳しくもない。しかし、一人の観光系事業の経営者として、鎌倉に本社を置きながら、多くの街を見てきたからこそ見える鎌倉の魅力と課題があると感じたので、このオファーを受けることにした。駄文ではあるが、どうかご了解頂けたらと思う。

筆者は、2020年開催予定の東京オリンピックに向けてインバウンド需要が活性化すると期待し、訪日外国人旅行者向けのガイドマッチングプラットフォームを構想。鎌倉にてインバンドベンチャーを立ち上げたのが2015年の春先であった。事業を立ち上げるにあたって、どこに本社を置くかを考えていた私には、いくつか条件があった。1つ目が、Hubとなる空港から1時間以内であること。2つ目が、近隣に大学が多く存在していること。3つ目が、日本らしい文化財が多くあり、訪日外国人旅行者が多く訪れる街であること。これらの要素の多くはシリコンバレーにも通じると感じており、鎌倉という街は、その条件にピッタリの街であった。

創業後、まず始めたのがモニターツアーの実施だった。訪日外国人旅行者の方々に声がけをし、無料でガイドをさせてもらう。その旅すがら、なぜ鎌倉を知ったのか?なぜこの街を訪れようと思ったのか?などをヒアリングし、サービス改善やマーケティングのヒントを得ようとしていたわけだ。そして、とても面白いことに気づいた。それは鎌倉に訪れる訪日外国人旅行者の「9割以上が友人の口コミ」がキッカケで訪れている、という点だった。これは大変偏った数字である。近隣には横須賀基地もあるのも要因だろうが、ここまで口コミ来訪が多いことには違和感があった。そこで調べてみると、思いもよらない話が掘り起こされてきたのである。

第一に、鎌倉市はインバウンドに対し、積極的な観光PRを行なっていなかった。なるほど、それならば口コミに偏った来訪は納得できるが、年間2,200万人の観光客が来訪する一大観光地なのに、である。それっておかしい…と調べていくと、その背景は、どうやら地域市民の多くが「観光に後ろ向きの状況である」ことがわかってきた。その証拠に鎌倉では、観光事業を推進しようと旗を掲げて立候補する政治家は、その多くが落選していく、という状況であった。オーバーツーリズム問題は、その頃から語られるようになっていたが、まさにその状況の中に鎌倉は置かれていた。観光シーズンでは、江ノ電がパンパンになって乗れなくなる。週末は車が渋滞することも常態化していた。暮らす人たちからすると、住環境が著しく損なわれる状況になっていたのである。

不便さに守ってもらえない街

第二に、それらの改善に充てられる予算がないこと。わかりやすく言えば「観光で市民の暮らしが豊かになる仕組みが出来ていない」ことにあった。鎌倉を訪れる観光客は、85%以上が日帰り観光客であり一人当たりの観光消費額は6,000円前後しかない。その大半は電車代と社寺仏閣の入場料で消えていくが、JR東日本は県外に本社を置く企業であり、社寺仏閣は宗教法人のため、市の直接税収の対象にならない。つまり「観光客が増えても、市としての税収に繋がらない」状況で、増え続ける観光客に対して、それらの対策を進める予算が街にない状況だった。一般的な観光地と置かれている状況が異なっているのだ。直接税収につながる形があれば、それらが市民生活の改善や自然景観、街並の保全等を進める原資にもなるだろうが、現状、地域住民からすれば、観光が活性化しても、結果的に「ただ生活しにくくなるだけ」になってしまい、巡り巡って、前述した政治家の落選という状況の大きな要因となっていたのだ。

私は仕事柄、多くの自治体の方々と仕事をしている。その中には、非常に交通の便が悪く、限界集落化への危機感を持つ地域もある。ただ鎌倉に住む私からみれば、その地域の暮らしの中には沢山の原石が眠っていた。不便さが価値を守り、不便さが価値になることがあるのだ、と知った。そして観光消費額や宿泊数といった経済的な指標ではなく、移住者数をKPIに置いた丁寧なファン作りを進めていくことが、結果的に「住んでよし、訪れてよし」のまちづくりに繋がるという確信を得た。しかしこれは、鎌倉にはフィットしない。残念ながら鎌倉は、不便さには守って貰えない地域なのだ。

無価値なものを価値に変える

ではどうすれば、その価値を守れるのか?こればかりは、政治家の方々に尽力頂くしかない。この規模の観光地では、それしかないのだ。私自身も考え続けてきたことだが、税制、教育、景観保護を含めた、「鎌倉らしい」抜本的な構造改革を行わない限り、この状況は変わらないと感じている。現在ではSDGsのモデルタウンになるというビジョンが掲げられてはいるが、それが市民の生活にどこまでの影響を与えているか?浸透しているか?と言われれば、残念ながらほとんど効能を示せていないと、一市民として感じてしまう。
鎌倉には素晴らしき政治家の方々も多くいる。しかし前述ような状況では、リーダーシップを発揮するのも難しい。八方塞がりである。でもだからこそ、リスクを取り、ビジョンを示し、抜本的な構造改革を推進して欲しいと思うのだ。私も一民間の、小さな会社の経営者でしかないが、その推進のためなら尽力したいという想いは強く持っている。

鎌倉は、自然と歴史の香りに包まれた街だ。私は、特に北鎌倉が大好きである。例えば円覚寺や浄智寺、明月院には、梅雨時には真っ青な紫陽花が咲く。雨露で潤った紫陽花は色っぽく、雨が好きではない私も、意気揚々と外に足が向く。無価値なものを価値に変えるそれが、鎌倉の日常には溢れている。そして禅の文化・価値観は、AI技術により個の分断が進む現代において、非常に価値を持つ価値観だ。違いを憎むのではなく、違いを受け止め、尊重し、楽しむ。そんな人類の新たなOSにもなりうる素晴らしき価値観が、鎌倉という街には根付いている。そんな鎌倉が、私は大好きなのである。だからこそ、この素晴らしき文化を、そこにある暮らしや街並を、次世代に引き継いでいけるように。今を生きる我々が、しっかりと筋道を付けていかねばならないのだ、と強く思う。それが実現できた時、鎌倉はきっと「日本遺産」ではなく「世界遺産」として認定され、そこに暮らす人々は誇りを持ち笑顔で暮らしているだろう、と私は信じている。

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