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「原子力時代における哲学」を読む

東日本大震災が起きた時

昨日で2011年3月11日から11年が経ちました。

私は当時、大学4年生で卒業制作を終えて、我慢していたテレビゲームを日中やっていました。家には誰もおらず、1人だけでゲームをしている時に東日本大震災が起きました。何が起きたか分からず、とりあえず自分の家の庭にでました。自分の見ている景色が揺れているように感じて、「なんだかすごいことが起きた」と思いました。地震が大きいとかというより、今まで体験したことがない大きな揺れに、思考がついていきませんでした。

その後は、家の中にもどり、テレビをつけてニュースをずっと見ていました。しばらくは呆然と立って見ていたことを覚えています。

私は大学4年生でしたが、大学の卒業式はなくなりました。私は、当時就職活動をしていなかったので、会社に行くこともなく、けれど大学に行くこともなかったので、2,3ヶ月宙ぶらりんな身分で過ごしていました。宙ぶらりんな身分であるので、本当は何かをすべきだったのでしょうが、何もする気は起きず、ただ日々をぼーっと過ごしていました。

夢中でやっていたテレビゲームですが、後少しでクリアのところまでいったはずだったのに、そのテレビゲームも3月11日以降はパッタリとやめてしまいました(4,5年後に再開してクリアすることができました)。

ぼーっと過ごしていましたが、その後は学生時代のポートフォリオ(作品集)をまとめて、当時就職希望だった設計事務所にアプライをして、無事その事務所で働き始めます。そこが長谷川豪建築設計事務所という、独立するまでお世話になることになる会社でした。

社会人一年目の仕事は被災地でのプロジェクト

当時、長谷川事務所はTOTOが持つギャラリー・間というところで、年明けから展示をすることになっていました。建築家にとって、ギャラリー・間で展示できることは、とても名誉なことでした。ギャラリー・間には中庭があり、その中庭で屋外展示することが通例となっていました。

震災直後だったことから、長谷川事務所ではギャラリー・間の中庭に鐘楼を建てて、被災地に移築するという計画を立てました。移築先を探し、石巻の栄光幼稚園の園庭に移築することが決まりました。新人だった私の最初の仕事は、この鐘楼の移築計画でした。

ギャラリー・間での3ヶ月の展示期間を終え、2012年の4月に石巻に移築しました。とても小さなものなので、移築工事は2週間ほどの工期でした。2週間という短い間、私は石巻の栄光幼稚園で寝泊まりをしました。栄光幼稚園は海岸から1kmぐらいの場所でしたが、少し敷地が海面より高い場所にあったので、大きな被害は受けませんでした。休日には園の自転車を借りて、海岸近くにいって、何もかも流された土地と瓦礫の山を見てまわりました。

それ以降何度か石巻に行くことがありましたが、計画がひと段落してからは石巻には行っていません。

東日本大震災から11年経った今感じること

移築計画自体は頑張りましたが、10年経って考えると、その行為がどれだけのものだったかはよく分かりません。でも、震災当時の記憶や、石巻の栄光幼稚園にプレゼンに行くたびに、鉄道網が寸断されたことで、臨時バスで乗り継いで通ったことや、電柱が倒れている景色はとてもよく覚えています。

確かによく覚えていはいますが、でも常に考えているかといわれると、正直日々の暮らしの中ではほぼ忘れています。

私の中では、遠い記憶になってしまっているのが正直な感想です。遠い出来事になりつつあるというか、私にとっては遠い出来事なのだと思います。でも、被災をされた方にとっては、おそらく死ぬまで遠い出来事になることはないのだろうなと思います。

私にできることは何もないと絶望していても何もなりませんので、自分にできることをまずはやるしかないのだろうなと思います。それは震災での教訓を受けて、防災活動をすることだったり、寄付をするということや、震災について考えるという、とても小さなことなんだと思います。

原発問題について考える

今日は『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』という本を紹介しようと思いましたが、来館者に貸し出し中でしたので、手元に本がありません。2018年に出版された本で、福島の原発事故について書かれた本です。

4年前の読んだ当時、衝撃を受けた本でした。でも、衝撃を受けたことを覚えていても、内容については結構忘れています。手元にない中で、感想を書こうとするとあまり書けることがありません。そんな中で、頑張って紹介文を書こうと思いますが、「原発は、核兵器に転用可能であることを政治家は織り込み済みで使用している」というこが紹介されていたことを記憶しています。手元に本がないので正確な表現ではないかもしれませんが、確かこのような内容が書かれています。

私は原発稼働には反対です。ただ、同時に反射的・絶対的なものとして「反対」をいわないように努めています。今になっては、多分原発利用反対の人は多数いるかと思います。でも、少し前までは省エネであり、まさに科学技術の素晴らしさを体現したようなものだと扱われてきたと思います。

「原子力時代における哲学」を読んで

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國分功一郎『原子力時代における哲学』で、國分さんは『かつて大方が賛成していた「原子力の平和利用」に人々が賛成したのと全く同じ仕方で、大方が反対している「原発」に反対すること』に対して警戒感を持っています。國分さんは思考停止してしまうこと、自分自身で考えない危険性について指摘しています。

ロシアとウクライナで戦争が起き、ウクライナの原発攻撃が不安視されています。福島やチェルノブイリでの事故を考えると、原発はなくなった方がいいし、核兵器もなくなった方がいいと思っています。でも、それ自体があまりに周りの了解を得られていることからくる決定であることには、自分自身も警戒感を持とうと思っています。

震災、原発、核兵器、戦争と、問題が大きくなりすぎると、直視するのが億劫になり、単純な議論に逃げ込んでしまう自分を律し、常に考え続けることを忘れないようにしたいなと思います。

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