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タイトルをめぐる冒険/『いなくなれ、群青』

僕の担当作の中で、タイトル決定までの道のりが最も険しかった作品があります。
『いなくなれ、群青』です。
河野さんと何度かのやり取りを経て、最終的には神戸に伺って、二人で打ち合わせをして、それも8時間を打ち合わせを経て、よし、これで、と決まったのが、この題名でした。

タイトルの決まり方は千差万別です。
原稿が届いて、そこに記されていたタイトルがそのまま決まる場合もあれば、作家から相談を受けて、打ち合わせをして、その先に決まる場合もあります。原稿の執筆前から、作家の頭の中でタイトルが決まっている場合もあります。僕ら編集者は意見を言ったり、時に案を出したりしますが、当然ながら、最終的に、えいや、と決断をするのは作品を生み出す作家です。

さて、『いなくなれ、群青』の場合、2013年12月のブロット段階で河野さんがつけられたタイトル案がありました。

階段島ダストボックス(仮)

新潮文庫nex創刊の準備のために作った束見本(書体や表紙、紙質などを確認するために作ったもので、中身のテキストはダミーです。)の表紙には、この題名が記されています。ゲラも初校の際はこのタイトルでした。

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その後、本作に始まる作品群が「階段島シリーズ」であること、また、ダストボックスという言葉に込められた意匠(読んでいただいた方には「うんうん」と頷いていただける気がします。)を踏まえると、この仮タイトルは作品にとって「ぴったり」の側面があり、読者の中には「こちらの方が好き!」という方も、きっといると思います。

しかし、です。
この案を最初に聞いたとき、担当編集としては、もう少し、読み手の感情を揺り動かすタイトルで作品を届けたい、と感じました。
僕が読者として(勝手に)感じている河野さん作品の素晴らしさの一つに「文体」があります。
小説の文体は作家ごとに異なり、その自由度がまた、小説の魅力だと僕は思うのですが、河野さんの文体には「青春」の感情を強く刺激する何かがある、と感じています。この「何か」は言葉にするのがとても難しいのですが、地の文や会話劇、あるいは各キャラクターの生き様は、河野さん独特に言い回し/思想があり、そこに「青春」があると、僕は思うのです。

だから、タイトル案を伺ったとき、「作品の本質に寄り添った案だ」と感じつつも、上記のような河野さんの個性がタイトルからも伝わってほしい、とも思いました。それが「感情を揺り動かす」という意味合いです。
装画担当の越島はぐさんから届いたラフも、僕のそんな気持ちを後押ししました。
考えた末に、「タイトルは、原稿の完成が見えた段階で、もう一度ご相談できると嬉しいです」とお伝えしました。

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それから少し時間が経ち、原稿執筆も佳境に入った2014年5月26日に、河野さんからメールが届きます。

1巻タイトルなのですが、できるならシリーズ全体を表しているものにしたいので、 なかなか苦労しております。
 とりあえず現状は、
「ピストルスターとフィラメントの矛盾」
としていますが、いかがでしょう?

「ピストルスターとフィラメントの矛盾」
これもまた、河野さんらしい魅力的なタイトルです。
フィラメントとは「電球や電子管の中で、電流を流し、光や熱電子を放出する細い金属線」という意味です。(「ブリタニカ国際大百科事典」より)
ピストルスターと、フィラメント。
『いなくなれ、群青』という作品において、それぞれがそれぞれをどう思っているのかを、端的に表しています。これもまた、作品の本質に極めて近いタイトル案です。

一方で、僕は「むむむ。」と、思いました。
「階段島ダストボックス」も「ピストルスターとフィラメントの矛盾」も、原稿を読んでいる僕にとって、すとん、と自然に入ってくるタイトルです。読んだ後であればなおさら、河野さんの意図も理解できます。
でも、やっぱり。
と思いました。やっぱり、河野さんが持っている「何か」が読者に伝わってほしい。そのためには、もう一度、タイトルのことで河野さんと話し合ってみたい。
上記のメールを見て、僕はすぐに神戸行きを決めました。
河野さんも時間を作ってくださって、会ったのは2日後です。
意見を言うに際して「何か」ではあまりにも漠然としているので、僕も頑張ってタイトル案を考えました。
「振り向くな、真辺」という案でした。(当時は精一杯考えていったのですが、いま改めてみると、恥ずかしい案です汗。)

5月28日の打ち合わせは、午前中から始まりました。
まずは、河野さんが考えられていた2案、そして僕が持参した1案を検討して、そこから「少し距離を置いてみよう」「お互いの好きな小説のタイトルを言い合ってみよう」となりました。
河野さんが、レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ』を挙げ、これが転じて「英語の例文の雰囲気が良いのではないか」となって、二人でひたすら英文を検索しました。
僕は「好きな星座はありますか」「お気に入りの花言葉は何でしょう」などなど、河野さんを質問攻めにしました。
最初は新神戸駅の近くの喫茶店にいたのですが、4時間を過ぎ、三宮方面に歩き、別のお店に入りました。
「階段の下で星をひろった」という案が出ました。
「わたしにとって、『その本貸して』が精いっぱいの告白です」「僕らは、80円で会える距離にいる」という広告コピーが素晴らしい、という話になりました。
作品のイメージは「豆電球、まっすぐ、じゃあね、ねじれ」であると、河野さんが語りました。
珈琲を頼み、デザートを頼み、また珈琲を頼み。晩ご飯もそのカフェで食べて、あたりがすっかり暗くなったころ、一つのタイトル案が出ました。

『いなくなれ、群青』

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きっかけは「好きな色は何ですか」という質問だったと思います。
そこに、英語の例文、花言葉、お気に入りのタイトル、など、それまで議論してきた様々な言葉を組み合わせたり、新たに作ったり、しました。
その過程で何かが、かちり、とはまりました。

ちなみに、階段島シリーズのタイトル議論は、この第一作の形式を踏襲したわけではないのですが、以後、河野さんと僕とで長く議論するのが定例化しました。
喫茶店で向かい合ってやり取りをしたのは『いなくなれ、群青』のときだけですが(笑)、以降は携帯のショートメール(後に、LINE)で、「この日の、この時間から」と決めて、二人でひたすらタイトル案を打ち合うことになります。一晩で決まらず「では、また明日に」となったことも、何度もありました。

第二作『その白さえ嘘だとしても』では当初、河野さんが強く推された案は「ぼろぼろのヒーローをみて一体だれが笑えるというんだ」です。(これは作品の章タイトルになりました。)
第三作『汚れた赤を恋と呼ぶんだ』は、中原中也『汚れちまった悲しみに』のかっこよさに惹かれますね、というところから議論が深まりました。

作品を生み出すのは作家です。
タイトルもまた、作品と不可分で、作家から生み出されます。
それらはきっと、孤独で、険しく、辛い道のりで、そうした中で編集者にできることは、作家が生み出した作品にとって、より幸せな未来のために、何か考えたり、思ったことを伝えたりすることぐらいです。(それはもちろん、読者に届けるために全力を尽くす、ということでもあります。)

そんなタイトルをめぐる冒険に同行できたことは、僕にとってほんとに幸せで、この上なく大切で、嬉しい経験でした。
『いなくなれ、群青』の文庫を見るたびに、あの楽しくも長い一日のことを、思い出します。

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編集者。主な担当作:河野裕『いなくなれ、群青』/知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』/竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』/宮部みゆき『ソロモンの偽証』/伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』
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