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処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな

7回。
僕が校了までに、葵遼太『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』を読んだ回数です。
入稿までに4回。初校、再校、念校。ぜんぶで7回。

そして7回ぜんぶで、僕は原稿を読みながら、泣きました。

原稿の完成度は高く、1回目と7回目で物語自体が大きく変わったわけでは、ありません。それでも、僕はこの小説が大好きで、読むたびににやにやし、優しい気持ちになって、最後には涙が出ました。

何度読んでも、心に刺さる。
こういう原稿に出会えたとき、僕は編集者としてほんとに嬉しく、ほくほくした気持ちになります。
これはそんな幸せな原稿を巡る、本作りの話です。

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処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな

強い言葉です。強いタイトルです。
この文字を置く表紙に、どんな装画をお願いするか。
原稿が出来上がった後の、最初の難関です。

ちなみに、このタイトルは、ニルヴァーナのカート・コバーンが遺した言葉からの引用です。葵さんは元々、作品に別の題をつけられていたのですが、作中で藤田という大学生がカート・コバーンの言葉をたびたび引用するのを読んで、僕にはそれが作品の核になる言葉に思えて、「これをタイトルにしませんか?」と提案しました。

一方で、この小説にはユーモアがあり、読んでいるとつい口元が緩んでしまうような、優しい描写があり、つまりタイトルのような「激しい」だけの作品ではありませんでした。

強いタイトルと、優しいイラスト。

作品が持つ魅力を読者に伝えるには、この両立が必要なのではないか。
カバーについて、ああでもない、こうでもない、と考える中で、そんな思いが強くなっていきました。荒々しさを強調する方向ではなく、イラストで優しい空気を作れる方に装画をお願いしたい、タイトルと真逆の温かい雰囲気を描ける方にしたい、と。
そこで頭に浮かんだのが、イラストレーターのいつかさんです。

いつかさんとは、初めてのお仕事でした。
初めての仕事は緊張します。どんなラフがくるだろう。僕の説明は足りていただろうか。この作品を面白いと思ってもらえるかな。どきどき。そんな気持ちで、イラスト到着までの日々を過ごします。

結論を言えば、すべては杞憂でした。
ゲラを読んで、いつかさんが最初に送ってきてくれたラフは、そうした僕の不安を吹き飛ばす、素晴らしいものでした。そこには優しさがあり、温かさがありました。
僕の頭の中にあった「作品のイメージ」が、いつかさんによって形になった瞬間です。

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イラストレーターが決まり、次はデザイナーです。
今回は、川谷康久さんにお願いしました。
(このnoteで書く記事は、川谷さんにお願いした作品が多いですが笑、新潮文庫nexでは他に、團夢見さん、鈴木久美さん、というデザイナーとも仕事をしていて、二人とも素晴らしいデザインをされる方なので、そちらの話もいつか書きたいです。)

僕から川谷さんに事前にお伝えしていたのは、3点です。
「勝負作であること」「新人であること」「僕の担当作の中で、最も長いタイトルになること」
装画を送ってから約1週間、川谷さんから3案のデザインラフが届きます。

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A案(左上)、B案(右上)、C案(左下)、です。
これはいつもそうなのですが、川谷さんからデザインが届くと「うおーーー!」であったり「おおーーー!」であったり、僕は大体、変な声がでます笑。

デザインが魅力的で、型破りで、素晴らしくて。
届くたびに、新しい感動があります。
そして、迷います。
AにはAの良さが、BにはBの強さが、CにはCの迫力があり、すべての案にデザイナーの「熱量」を感じるからです。

カバーを決めるとき、僕にはひとつ、ルールがあります。
それは、PCやスマホの画面で見ただけでは絶対に判断しない、ということです。
実寸で印刷をして、本に巻き、他の文庫と一緒に置き、売り場に並んだときを想像します。主戦場が「紙の本屋さん」である以上、「物」として本がどう見えるかを、いつも考えます。

今回でいえば、3つ案を並べて感じたのは、売り場に来た人が思わず手に取りたくなるような「ダイナミズム」があってほしい、ということでした。

本作は葵さんにとって、初めてのオリジナルの書き下ろし作品です。
つまり、デビュー作です。
そして、今の出版市場は、新人には非常に厳しい環境です。

文庫を買ってもらうハードルはたぶんきっと、高い。
たくさんの娯楽が溢れている今、あえて新人の小説に手を伸ばすには、勇気がいります。
その「勇気」を飛び越えて、「読みたい」に至る文庫になってほしくて、C案をベースに川谷さんと議論を深め、最終案(右下)を作ってもらいました。

決めるときは最後まで不安で、何度も、何度も、デザインを見ました。
夜に見て、朝に見て、また夜に見て。
机の上でたくさん文庫を並べて、決めました。

(また、少しでも読んでもらいたくて、5月28日の発売を前に、全文の無料公開を決めました。今はとにかく、この作品が読まれてほしい、です。)

***

7回読んでも、面白くて、楽しくて、泣いてしまった小説です。
主人公が好きです。ヒロインが好きです。友達は最高です。
多くの人に届いてほしいな、この感動が伝わってほしいな、と、今からどきどきしています。

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