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クラスで子どもが泣いているとき

親子クラスは荒っぽい。

あれこれ荒っぽい動きをするし、させる。

すると当然、コケる子もいるし、うまくいかなかったり、やりたいことをやってもらえなかったりして、泣く子がいる。

そういうとき、どうしていたか。

放っておいた。転んだりしたら怪我の具合を確かめたり、必要なら応急手当をしたりするけど、それでおしまい。なだめたりしない。

ただ残りの子とワークを続けて、その子が加わるのを待つ。もし加わらなければ、それでも良い、という構えで。

そんな僕のインストラクションは、もしかしたら冷たく見えたかも知れない。でも親切なインストラクターと思われるために、つまりは外聞を気にして子どもをかまったところで、ろくなことがない。

子どもが痛い目にあったり、要求が通らなかったりして泣く。それは小さな挫折と言える。システマの親子クラスで目指したのは、そこから自力で立ち上がる子だ。親や周囲に叱咤激励されてようやく立ち上がるのでは、叱咤激励がなければ立ち上がれない子になってしまう。でも人生は、孤独だ。挫折して辛いときほど、周囲に人はいない。励ましてくれる人もいない。そんな時でも自らの足で立ち、歩む力がなければいけない。歩みさえすれば道は開けるからだ。

子どもが転んで泣いている時。それは強くなるチャンスだ。それを助け起こしてしまっては、子どもが強くなるチャンスを奪うことになってしまう。

そして、「立ち上がる」という決断を下す機会を奪ってしまう。

そりゃ助け起こしたい気持ちはある。でもそれは大人のその場限りの安心のためであって、子どもの未来を見据えた行為ではない。

だから、親子クラスでは子どもが転んでも助け起こしたりはしなかった。別に保護者の方にそう強いることはなかったけど、僕は決して助け起こさなかった。転んで倒れて泣きわめいていたら、別にそのまま最後まで通したって構わない。そういう自由もあるし、そういう決断もある。僕はそれを尊重した方がいいと考えたのだ。別に親子クラス1回分なんて、これからの人生の前ではちっぽけな時間だ。「転げ回って泣きわめく自由」が認められる時間があっても良いんじゃないかと思う。

僕が多少、冷たい人間だと思われても構わない。子どもが強く育つのが優先だ。

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クラスで子どもが泣いているとき

北川貴英 Taka, Systema Tokyo

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北川貴英 Taka, Systema Tokyo

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