何にも良いと思えない、ねぇ好きってなんだっけ

何にも良いと思えない 何にも良いと思えない 何にも良いと思えない

ねぇ好きってなんだっけ。


椎名林檎が若草色の地味な浴衣を着て、エレキギターを掻き鳴らして歌っていた。

ショートカットの髪を振り乱し、薄暗い歌舞伎劇場で力強い眼が光ってた。

彼女のように美しく叫べればいいのに。彼女はあんなに格好良いのに。


昨日はね、わたしが待ち焦がれていた日だったんです。

昼間に、友人夫婦の家でホームパーティーでした。

パーティーとゆうとなんともインスタ映えしそうですが、昼間からお酒を飲んでいつものメンバーでまったりする感じなんです。えぇ最高です。もちろん楽しみにしてたけど、待ち焦がれていた理由は私が少しばかり好意をもっている彼が来るんです。でも彼には彼女がいるので、個人的に連絡とったりはしていなくて。だけど彼女と良い感じかと聞かれると苦笑いをするので、チャンスはあるのかと思っている。でも自分の気持ち的にはまだ行動に映せるほどではなくて。もちろん彼女から奪おうとも思ってない。会って話して距離が縮まればいいな、もっと彼のこと知りたいな、そのくらいの、小さな気持ち。だから友人にもこの気持ちは打ち明けていない。小さな火がゆらゆら揺れているような、そのくらいの。

だけどもひさしぶりに会えるもので、私はもちろんうきうき。毎日疲れて枯れていたこころが潤いだす。

もちろん美容にも力がはいる。爪も塗り直したし、脱毛も行った。髪の毛も前日にパックして顔もパック、常になにかに覆われていた。とりあえず肌も髪もすべすべになった。デートでもないし、抱かれるわけではないが、とりあえずすべすべにしておいた。みんなでごはんを食べるだけなのに自分が非常に滑稽に思える。でもまぁレディの嗜みでしょう。汚いよりは綺麗なほうがよい。

新調したブラウスを着て、いざゆかん。

わたしが行った時には彼はまだ来ていなくて、少し遅れて登場した。ドアが開いて目が合った。

「久しぶり」「うぃーす」


・・・あれ

あれ?


なんか、ちがう。思ってたのとちがう。

彼はなんら変わりなく。座ってにこやかに談笑している。

ちがうのは、私のこころ。

本人と会っても、なんにも思わない。

彼は変わりなく接してくれる。男前ってほどではないかもしれないけど、誠実で、友達が多くて、ガサツだけど明るくて言葉が優しいひと。去年、みんなでよく会うようになって、自分より人を優先する優しい行動力がある人だなって思って、火がついた。

彼は変わってない。なのにさ、久しぶりに会えたのにさ、

ときめかない。


あんなにはやく会いたいなって思ってたのに。

おかしいな。なんだかもやもやして、会話らしい会話をしていない。幸い席が離れてたし不自然ではなかったはず。

たくさん話したいなぁって思ってたのに。むしろ少し避けてしまった。

なんだよこれ。私はどうしてしまったんだろう。

これは、恋に恋してたってやつなんでしょうか。

彼に対する尊敬の気持ちは変わってない。素敵な人だと思う。だけど、ときめきが。目が合ったり会話したりするだけで嬉しかったのに。

あの恋愛感情は幻だったの?

私は、彼に自分の理想を重ねて、恋の擬態のようなものを味わっていただけなのかもしれない。

でも彼に抱いた感情に嘘はなかった。だけど自分が思っていた恋は恋じゃなかったのかも。

元彼と別れてから数年がたって、色恋にあまり積極的になれなくて、無理に恋人作らなくていいわ、なんて言って、アラサーなのに出会いの場からは遠ざかっていた。恋愛をしたいという活力が湧かなかった。疲れなのか老いなのかはしらない。

でも久しぶりに彼にはときめいたんだよ、なんてやさしい人なの結婚してくれと妄想で逆プロポーズをするくらい。ときめきが久しぶりすぎて、恋かもと思い込んだだけだったのでは。私は本当に彼のこと好きじゃなかったのでは。

おかしいなぁこんなはずじゃ。

端から見たらキモいですよね。勝手に恋して勝手に恋がどっか行って焦るアラサー。うすらキモい。こうやって書いてみると本当に滑稽。

でも書き出してみると少しだけ客観的に見えてきて、恋がしたくて、恋と思い込んだ説が有力だなぁ。わたし、愚かだなぁ。恋愛は簡単じゃないな。相手ありきだから当たり前なんだけど、自分のこころにも振り回される。好きだと思ってたのに好きではなかった。彼とはなにも始まっていない。恋愛と呼ぶにはちいさすぎた。だけど、私は大事にしたかったんだよ。ひさしぶりに人間らしく、ひとりの女らしく、恋愛の2文字がずっと浮かんでたんだよ。なのに、彼と会って私の火は消えてしまった。自分の気持ちの発生源すら分からない。愚かすぎてため息が出る。彼となんにも始まってない。ひとりでぐるぐるしている。馬鹿みたい。虚無感がすごい。


ねぇ好きってなんだっけ。