"広告宣伝費ゼロ"のグローバルD2C企業、テスラのマーケティング戦略
先日テスラ(Tesla)の直近決算に関するStockclipの記事を引用したところ、予想外に反響がありました。一見すると多額のマーケティング予算を投下しているように思える当社が、広告宣伝費を1円も使っていなかったという事実には、相当なインパクトがあったと推察されます(トヨタの年間広告宣伝費は4,500〜5,000億円規模)。
近年D2Cブランドが話題になることも増えておりますが、顧客の多くがデジタルネイディブであり、広告宣伝費を使わずに直販のみで成長を続けているテスラこそ、D2C企業の最先端であると言えるかもしれません。そのため、今回はテスラ社のマーケティング戦略について簡単にまとめてみました。
テスラとは
テスラは2003年に二人のエンジニアによって創業されました(旧社名Tesla Motors)。イーロン・マスクは厳密な意味では創業者ではなく、2004年のシリーズAラウンドでマジョリティ出資を行い、取締役に就任、その後2008年にCEOに就任しています。その同年にテスラは初めてのプロダクト「Tesla Roadster」を販売(小売価格1200万円)、そこから2年後の2010年6月に世界で初めて電気自動車メーカーとしてIPO、イーロン・マスクの知名度も相まって世界中で大きな話題となりました。
IPO時(2008年)の売上は$16M(17億円)、営業利益は△$83M(91億円)と相当な先行投資フェーズであったのに対して、公募の時価総額 $1.6B(1,760億円)であり、PSR(株価売上高倍率)は100倍以上の期待銘柄。
技術面に関して、テスラ社は当初は電気自動車関連の特許の獲得を積極的に進めておりましたが、特許に関してはトヨタをはじめとした日本メーカーが先行しており、2014年から全ての特許を無償開放するオープン戦略を取るなど、興味深い取り組みをいくつも行っています。
テスラのプロダクトの先進性に関しては、様々な意見がありますが、ハードウェアメーカーというより、リチウムイオン電池にかかる組み込み制御システムから常時インターネットによる顧客体験など、一貫してソフトウェアに強みのある企業という認識です。
販売面では、初期から一貫して直販方式を採用しており、実はD2C(Direct to Consumer)企業でもあります。日本メーカーに限らず、大手自動車メーカーは販社(代理店や販売会社)を通じての販売が主流のため、かなり特異な存在でもあります。
2019年度の売上は$ 24 B( 2.6兆円)、粗利$4B(4,400億円)、営業利益は△$69M(75億円)と前年よりも赤字幅は縮小。
直近の2019FY4Qでは、Model 3に牽引され、順調に販売台数を拡大しており、IPO後から長らく財務リスクは懸念されておりましたが、足元ではFCF(フリーキャッシュフロー)もプラスのため、IRでも財務改善は強調されているポイントです。概要を日本語で確認したい方はStockclipの記事がおすすめです。
出典:当社HPより
足元の業績に反応して株価も反転。テスラの時価総額が2020年1月には$1,000億(11兆円)を超えて、フォルクスワーゲンを超え、世界2位にまで昇りつめており、さらに注目は高まる一方です。
出典:Google ファイナンスより
テスラの進める「広告宣伝費ゼロ」のマーケティング戦略
イーロン・マスクは広告宣伝費を使わず、 Model 3の販売台数を伸ばしてきたことをメディアで強調しています。一方で、当社のアニュアルレポートの詳細を確認すると、マーケティング/プロモーション/広告費用として、2019年度も$27M(29億円)ほど投下。広告宣伝費の内訳は不明ではありますが、売上高に反比例して年々減少を見せており(2017年は$31M)、集客および販促の効率が異常に良いことは確かです。
具体的に「広告宣伝費ゼロ」を主張するイーロン・マスクの率いるテスラ社が行ってきたマーケティング戦略は、主に以下の5つになります。
1. オンライン/ソーシャルPR
テスラ社のマーケティング戦略の最大の鍵は、無料媒体を活用した「認知獲得」です。グローバルで自動車メーカーのデジタル広告出稿額が5年で2倍以上に拡大するなか、テスラ社はデジタル/ソーシャル広告に積極的なBMWやとMercedes Benzと同等以上のフォワー数を誇ります。
(現在時点)
・Tesla:Twitter 487万人、Instagram 723万人、Youtube 123万人
・BMW:Twitter 207万人、Instagram 2,590万人、Youtube 101万人
・Mercedes Benz:Twitter 345万人、Instagram 2,550万人、Youtube 119万人
またそれ以上にイーロンマスク自身のTwitterフォロワー数は3,129万人であり、世界的に有名なハリウッドスターやミュージシャンと同等の発信力を持ち、CMなど行わない一方でテレビなどメディアの取材には積極的に露出しています。
トップ自身が広告塔かつ象徴になって、ブランド認知拡大をはかるD2Cマーケティングの王道中の王道と言えるでしょう。もしかしたら、話題になっていた少し過激な活動もテスラ(とSpaceX)のPRという位置づけだったのかもしれません。有名なSpaceXとのコラボマーケなども彼にしかできないアプローチで、ネタは事欠かないように思われます。
またテスラが最近発表した電動ピックアップトラックのCybertruckも広告費ゼロでオンラインの事前オーダーは25万件を超えており、ソーシャル認知獲得戦略の効果であると言えるでしょう。
2. コンテンツ&リマーケティング
またテスラは足元で、メディアでの認知拡大 → コンテンツ経由でサイト誘導 → メールアドレスの取得 → メールマーケによるコンバージョン促進という、伝統的なデジタル販促施策にも力を入れています。特にこれまではゼロエミッションやリサイクルなど、サステイナビリティ文脈でのコンテンツ企画に積極的でした。
王道な企画だけでなく、少しユニークなコンテンツも散見されます。
マーケティングの求人面でも戦略の特徴が現れており、足元ではコンテンツマーケおよびリマーケティング人材採用が中心です。まるでサンフランシスコベイアリアのIT/Web系企業の求人ページを見ているかのような印象を受けます。
3. 紹介プログラム/オーナーコミュニティ
数年前までテスラの販促施策の主流は紹介プログラムであったと言っても過言ではありません。現在のプログラムでは、紹介URL経由で購入が行われた際に、紹介者には1,500キロメートル相当の無料充電利用特典がもらえる仕組みになっています。場合によっては最上位モデルが無料で当たることも。
過去プログラムの魅力的な紹介特典をきっかけとして、テスラの紹介に特化したYouTuberも多数現れており、あるYouTuberがこのリファーラルプログラムにより、13億円相当のテスラを販売し、2台分のプレゼントを受けたことも話題になっていました。これだけでもかなりの認知・販促効果があったのではないかと伺えます。
またテスラオーナーズクラブという、オーナーコミュニティ支援も積極的に行ってきました。新オーナーの育成や教育サポートなどを行うアンバサダーに近いような位置づけです。
4. ショールームによるO2O体験
テスラの実店舗は世界中の主要都市で、ラグジュアリーブランドなどが並ぶ人通りの多い立地に点在しています。店舗の販売以上に、試乗したお客さんによる口コミやSNSによる拡散、およびその後のオンラインストアでの受注に繋げるUXを重視してきました。
オンラインストアではまるでApple製品のカスタマイズを選択するかのようなUIであり、セルフパイロット/自動運転がオプション機能として選べる等、とてもユニークです。
ただ一方で、昨年からリアルの販売店の閉鎖を進めており、今後はリアルでの接点を縮小し、オンラインマーケティングに注力していく方針です。
5. ハイエンド・ブランディング
テスラと言えば、高級EV(電気自動車)というイメージが強いのですが、戦略的に廉価版のラインナップを拡充しています。数年前まではアメリカでもハリウッドセレブや資産家など、一部の富裕層が乗っているのを見かける状況でしたが、現在では一般的な価格帯に近づいてきました。
参考)2020年2月14日時点での価格
・Model 3 (2016〜):$39,990〜
・Model Y (2020〜):$52,990〜
・Model S (2012〜) :$79,990〜
・Model X(2012〜):$84,990〜
・Roadster(2008〜) : $200,000〜
高級車が売れないから廉価版を出さざるを得なかったという批判的なコメントも目にしますが、初めから長期的目線でブランディング効果と技術進歩によるコスト削減を見通して、高級スポーツカーモデルから徐々に一般モデルをリリースしていく戦略であったと推察されます。高価格モデルでブランドイメージを作り、低価格モデルの売上を伸ばすのは伝統的なブランドマーケティング手法ではあります。
テスラの戦略の総括
全体的な傾向として、以前は店舗や高価格モデルを活用した伝統的なブランドマーケティング手法が先行しておりましたが、近年では最近のWeb系企業が一般的に行っているようなデジタルマーケティングへのリソース配分が顕著になっています。
また質の高いブランディングというよりも、メディア露出・話題性・頻度を重視しているように見えるため、ブランドとしての世界観も重要ではあるものの、テスラほどの高価格商品であっても、オンラインマーケティングでは「手数」が重要であることを再認識させられました。
ただ広告宣伝費を使わずに認知を得る上で、イーロン・マスクの存在はとても大きく、他社で容易に真似できるような再現性のある手法とは言えません。テスラの取締役のなかにはCMOがおらず、マーケティングはイーロン・マスクに依存していることも推察されます。
今後も広告宣伝費を使わず、かつオンラインマーケティングを強化していく方針のテスラですが、王道なデジタルマーケティングとイーロン・マスクという唯一無二の飛び道具の重ね合わせにより、オンライン経由トラフィックは順調に成長していくと予想されます。
ただメーカーである以上、ブランド・マーケティングに長けていたとしても最後はプロダクトの競争力勝負に収斂するため、至極当たり前の話になりますが、足元ではmodel 3の原価率の改善、そしてその先にリリースされるであろう一般大衆モデルをいかに低価格・高品質で製造できるかどうかが、時価総額の面でのトヨタ超えの鍵になると思われます。
D2Cブランドがテスラから学べること
要点の確認
・テスラはオンライン/オフラインを問わず伝統的な有料広告を抑制、イーロン・マスクのスター性を活用した認知獲得戦略が主軸
・同時にコンテンツ企画や紹介プログラムなど地道なデジタルマーケティングの積み上げ
・過去のショールーミングや高価格路線などでブランドイメージを既に確立済み
・廉価モデル販売のタイミングに合わせ、ブランディングからマーケティング(露出頻度と認知数の獲得)に方向転換
D2Cブランドへの示唆
・ブランド立ち上げ初期は、多少非効率に見えてもリアル店舗などを活用したブランディング投資を行う価値あり
・ただし、長期戦になる覚悟は必要。テスラでさえ10年以上の歳月をかけている
・売上拡大のタイミングには、初期ブランディング投資がレバレッジとなり、マーケティング効率は飛躍的に高まる
・その場合、TVCMなどに広告費を投下しなくても、地味なデジタルマーケティングでも十分な成果を得られる可能性がある
・CEOが広告塔になることは費用対効果が高い
イーロン・マスクはクレイジーだと言われてることも多いですが、テスラの戦略自体は時代にあった王道のブランド・マーケティングをやり切っているという印象です。
当たり前のことではありますが、トップをはじめとした個が尖っていても、組織としては真っ当な戦略を実行し続けることが、グローバルNo.1のD2Cブランドになるための最短ルートと言えるのかもしれません。
追記) 2020年2月18日
本記事の投稿時には社名にミスがありました。2017年にテスラモーターズ → テスラに社名変更したことを失念していたため、記事内でも修正をしております。
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