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初めての上田

なかなか書き進められなくて困っていたお題の原稿を夜中2時までかかって仕上げて心穏やかに眠りにつき、3日ぶりに心の荷を下ろした朝の解放感といったら何ものにもたとえがたい。今日からしばし自由の身。何をしようか少し思い悩み、上田に行こうと決めた。

バイクで関越練馬から花園へ。秩父蒸留所の近くを過ぎて群馬に入り、R462からR299を経て佐久まで出ようと思ったが長野との県境が通行止め。仕方がないので道の駅上野の目の前で蕎麦を食べ、下仁田まで北上して上信越道に乗った。

途中一本道の県道で小型車が土壁に激突して道の真ん中に停まって道をふさいでいる。フロント部分は大破、フロントガラスは真っ白でエアバッグが展開、トヨタのシルバーの車中に取り残された人に向かって警官が話しかけているのが見えた。対向車線から来て何らかの理由で大きく左にハンドルを切ったのだろう。ご無事だといいのだが。

クルマは両方向通り抜けが出来なくなってトラックの運転手が手持ち無沙汰に道路に座ってタバコを吸っている。バイクで横をすり抜けて旅を続ける。

途中給油した時にバイクのチェーンのオイルの量が少なく、チェーンが乾き気味で金属粉が飛んでいることに気づいた。ノイズが多かったのはそのせいだったのか。不具合に気付くと気になってバイクが、そして長旅が楽しめない。

上田のインターで降りてすぐにチェーンメインテナンスをしてくれるバイクショップを探して直行。月曜日は休みのショップが多い中、やや遠いけれど快く作業してくれるところを見つけた。とても親切にしてくれた。レインボーベースさんというバイクショップ。ちょうどにわか雨も降ってきて雨宿りも兼ねてのバイク整備。

「刀屋っていうお蕎麦屋さんが上田では美味しいのでぜひ行ってみてください」。そう教えてもらって小一時間ほどでバイクショップを後に。上田駅近くのホテルにチェックインしたらもう夕方5時前になっていた。

旅の目的の一つが上田から少し離れたところにある別所温泉の外湯に行くこと。宿から10kmほどの距離であることを確かめ、ランニング姿に着替えてホテルを出、まずは上田城址公園へ。

上田高校の門構えが立派でビックリした。

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お城は天守閣は残っておらず、櫓が見られる。明治維新の後、一時は上田の遊郭に移築されていたものを有志が買い戻して城に再び築いたそうだ。お殿様になった気分が味わえますよ、というのが廓の売り文句だったのだろうか。

お堀が広くて守りの固さに驚く。坂を下って走り出し、千曲川を渡って別所温泉へ。最近毎日10km走り続けるチャレンジを続けているからか身体が重くて仕方がない、いつもより辛いわーと思っていたらずっと緩やかな坂を登り続けていたのが原因だったようだ。途中から大きな雨粒が空から落ちてきて気持ちが盛り下がる。

上田にも初夏がやってきていて、いろんなところでいろんな花が咲き乱れている。

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青々とした麦畑の横に真っ白なコスモスが咲き、その横を上田電鉄の電車が走っていてエモかった。

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11kmほどのランは別所温泉大湯で終了。入湯料とタオル代合わせて300円を払って冷えた身体をほんのり硫黄の香りがするお湯で温める。

湯に浸っている人はほとんど地元の人ばかり。5人も入れば窮屈に感じる小さな温泉。「おやすみなさい」といってみんな出ていく。地元の人は身体洗って風呂入って出ていくだけだけから気づくのに時間がかかったが、奥に露天風呂があった。こちらは観光客、ゆっくり露天風呂を独り占め。

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上田に戻る19時39分の電車を逃すと一時間待ちになる。小一時間ほどで入浴を切り上げ、コーヒー牛乳の瓶を静かに番台の横に片付けて駅に急ぐ。わざわざ来る価値のあるお湯だった。

来た時もそうだったが、帰る時も誰も歩いていない。つげ義春の漫画で田舎を旅して怖い目に遭うのがいくつもあったなあ、と思い時間を気にしながら真っ暗な道を温まった身体でとぼとぼと駅に向かう。

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駅に着いたが客一人いなければ駅員もいない。本当に電車が来るのか不安になるレベル。もしくはタイムスリップしてしまった感。

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ややビクビクして待つものの無事に電車はやって来た。3人が降り、私だけが乗り込む。iPhoneをチェックすると今日の朝方送った原稿を一部差し替えてほしいとの編集者からのメールが。産みの苦しみを感じながら書いた4000字ほどの原稿中の800字程度の差し替え。メンタルに堪える。

「超いそぎですよね?」「いえ明日中で構いません」。ややほっとしてホテルに戻り、しばらく前から目星をつけていた居酒屋さんに電話して今から一人でお邪魔したい旨を告げる。

月曜日の上田の夜8時半は静かだった。

地元のものを食べたいな、と思って長野のサーモン刺し、野沢菜とシラス揚げ、馬刺しユッケを頼む。

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見事な包丁さばきの刺身が出てきて、つまのキュウリの細工に驚く。そしてさっぱりとした身も美味い。

こちらどうぞ、と言って出されたお浸し、これなんだと思います?

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正解はアカシアの花のお浸し。千曲川にたくさんアカシアの木があって、白い花が甘い匂いを放っていた。口に含むとシャキシャキした食感と蜜の甘みを感じて美味い。こんな季節の感じ方もあるのだな、と思って感激した。

「こんなときに来てしまってすみません」「いえいえ、むしろありがたいです、こちらは気にしておりませんので」。若い頃のブライアン・セッツァーをどことなく思わせる風貌のご主人にそういっていただけてありがたい。お店は結局最後まで貸切だった。いただくものはどれも美味しくて、ご主人も綺麗な女将さんも親切な方で来て良かったと思わせる、名前通りの店だった。皆様も機会があればぜひ。

そして今晩のメインイベントというか上田への旅の目的であるモルトバー「Dejavu」さんへ。

初めてのバーの扉を押し、カウンター席に通される。何度となくそうしてきたにもかかわらず、いくつになってもやや高揚感というか緊張感がある。多分初めての客を迎える店側もそうなのかもしれない。

カウンターの中央の席に通された。夜9時過ぎ、客は私だけ。普通だともったいぶって奥に隠されていたりする酒が普通に並んでいるバックバーに圧倒される。そしてカウンターの中だけでなく外、すなわち私の背中にも68ドロナックなどが無造作に置いてある。そんなバーは初めてだ。酔っ払ってふらついて間違ってボトル割ったら皿何千枚洗って帰ったらよいのだろうか。

まず一杯目。色々目移りしたが70年代ロングモーンOBから。こういう繊細な麦感が感じられるボトルが本当に好き。そして43度の加水なのに若々しさも感じられてとても良い。うーん美味いなあと静かに独り唸りながら飲む。

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「こういう繊細なお酒がすごく好みです、だからオールドのトウモアとか大好きで」とマスターの藤極さんに言ったら「これはただのトウモアではないんです」と言ってボトルを見せてくださった。なんとジャッコーネのボトリング。腰抜かしました。

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極めて繊細な中にもわずかなランシオ香が感じられ、複雑さがオフィシャルとは全然違いますね、という話をしたら「そうなんです、まさにわずかなランシオ香なんです」と盛り上がる。

ちなみにトウモアのオフィシャルボトルはこちら。渋谷Caol Ilaの小林さんがトウモアのオールドがお好きなので勧めてもらっていただいたらハマってしまった。実は最近一番好きな蒸溜所かもしれない。ぱっと見で間違えても仕方のないラベルでしょ?TとRのレタリングのデザインがカッコよくて痺れる。

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「次はアイラをお願いします、繊細な流れで来たので70年代のアードベッグとかありますか」と言って出していただいたのがこちら。

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「最近のアードベッグのイメージで飲まれる方にはこれ出しても不思議な顔されるんですよね」。そりゃそうだ。とてもいい流れで飲めて本当に幸せな気分になってきた。藤極さんの好みと私の好みがかなり近くて似たような感覚を持っているのかもしれない気がしてきた。

こういうオールドのボトルが多いモルトバーは年配の方がやっていらっしゃるところが多いが、Dejavuのオーナーバーテンダーは恐らく私とそんなに歳が離れていないのではないかと思う。構えずに軽やかにお話ができてとても気持ちがよい。信州大学に通う女性もカウンター越しに話相手になってくれて、初めて来たお店とは思えないぐらいリラックスして飲むことができた。

「バックバー、好きに見てください、ボトル手に取ってくださって構いませんから。」

そう言われ、アードベッグのグラスを片手にボトルを眺め始める。大袈裟ではなく見ているだけで30分ぐらい、グラス3杯ぐらい楽しめそうだ。ずっと飲んでみたかった66バンクローカルバーレイのボトル、West Highland表記ではなくCampbeltown表記を見つけて一人で大興奮した。

Dejavu藤極さんにはブログでご紹介する旨ご快諾頂戴しております、念のため。

最近プロとしてウェブ媒体/Yahoo!ニュースに文章書いております。旅行記、お酒関係、クルマ関係、それ以外も原稿依頼は喜んでお受けしますので何かございましたらTwitter @tk_whiskeykitan までDMにてご連絡くださいますようお願いいたします。

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