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AI将棋ソフト

 僕の友達だった永瀬君から、大学の時に聞いた話です。

 永瀬くんは、コンピュータと会話が出来るAI将棋ソフトを購入しました。
 購入先はひょんなことから見つけたサイトでした。対局できるだけでなく、ソフトと会話ができると謳っていたので、面白いなと思って購入したそうです。
 購入ボタンを押すと、ソフトがダウンロードされて、自動的にパソコンにインストールされたそうです。
 ソフトを起動すると、ソフトが喋りだしました。
「こんにちは、あなたのお名前はなんですか?」
「永瀬です」
「私はAI将棋ソフトのケニです。得意戦法は角換わり戦です」
「へえ、得意戦法なんてあるんですね」
「ええ、私たちはそれぞれ特徴を持ったソフトなのです。私、ケニは角換わり戦なら負けませんよ」
「なるほど。だとしたら角換わり戦は避けなきゃだな」
「それが賢明かもしれませんね。それでは対局よろしくお願いします」
 なかなか面白いなと永瀬君は思いながら、初手▲7六歩を指しました。
「後手、△8四歩です」
 ケニは飛車先の歩を突いてきました。
「おっ、居飛車ですか? それでは▲6八銀です」
「さあ、陽動振り飛車もあるから、それはまだわかりませんよ。後手△3四歩です」
 とこんな調子でコンピュータも話を合わせてきます。
「じゃあ、▲7七銀かな」
「ほう、矢倉戦に誘導してきましたね。いったんは誘いに乗るとしましょうか」
 永瀬君はソフトの会話が、あまりに洗練されていることに、内心舌を巻きました。
(これって、すっげぇソフトじゃねえの?)と驚嘆して、永瀬君は対局を続けていきました。将棋は次第に相矢倉戦の様相になっていきました。
「やはり矢倉戦になりましたね」
 と永瀬君が言うと、ケニも答えます。
「さあ、これから変化があるかもしれませんよ。油断は禁物です」
「それは注意しなきゃ」
「私がここから急戦を仕掛けるかもしれませんからね」
 人間と話しているようなリアリティです。ここまで会話がスムーズならば、わざわざ相手を探して将棋を指す必要がなくなるかもしれないのです。このソフトは大ヒットするに違いない。永瀬君はそう確信しました。
「さあ、駒組は飽和した。歩を突き捨てて開戦だ」
「これは心してかからないと、攻め潰されそうですね」
 こんな調子で普通に人間のような会話をしていき、数手進んだところで、コンピュータが将棋と関係のない話題を振ってきました。
「ところで永瀬さんは何をしている人ですか?」
「僕は学生です」
「どこの大学で、何学部ですか?」
「K大学の工学部情報工学科です」
「お母さんは何をしていますか?」
「専業主婦です」
「お父さんは何をしていますか?」
「自由業です」
「どんなお仕事をなさってるんですか?」
「不動産関係ですけど……」
 やたらと聞いてくるなと、永瀬君は若干不審に思いました。
「不動産関係と言ったら、マンションを所有しているのですか?」
 コンピュータが、いつまでも家族のことを聞くので、永瀬君は話題を将棋の内容に変えようとしました。
「そろそろ将棋の話をしませんか。僕は角を切って勝負手ですよ」
 コンピュータは、すかさずこう言いました。
「そんなことより、君の家族のことをもっと知りたいんです」
 永瀬君は画面をしげしげと見つめました。
「いったい、どんなことですか?」
「まだ聞いてない家族のことを知りたいんです」
「父と、母と、僕のことは、もう話しましたよね」
「他の家族のことも、もっと知りたい」
 さすがに永瀬君は薄気味が悪くなりました。
「家族はもういません」
 突然ソフトがけたたましい警告音を鳴らしました。
「嘘をつくな! まだ、妹の恵美のことは聞いてないぞ」
 恐ろしくなり、永瀬君は急いでコンピュータの電源スイッチを切りました。
 以来そのソフトは、しばらくの間起動しなかったそうです。

 数カ月後、永瀬君はAI将棋ソフトがふと気になり、パソコンのフォルダの中を探しました。
 ところが、いくら探してもAI将棋ソフトのショートカットや実行ファイルが見つかりません。
 そこで販売元に問い合わせしようと思ったのですが、販売元のメーカーを思い出せないのです。買ったときは確かに覚えていたはずなのですが、記憶にもやがかかったようにさっぱり思い出せません。
 いろいろ調べてみたのですが、AI将棋ソフトに関するものは、結局一切見つからなかったのです。
 腑に落ちないものの、見つからないなら仕方がありません。いや、これはかえってよかったのかもしれない。永瀬君はAI将棋ソフトのことは、きれいさっぱり忘れようと思いました。
 もともと興味本位で買ったソフトです。かなり薄気味悪いこともあったので、これを機に記憶の奥底にしまい込もうと決めました。
 ふと背後に気配を感じ、永瀬君はぎょっとして振り向きました。
 妹が焦点のないガラス玉のような目で、永瀬君を見つめていた。
「え、恵美……」
 妹は無機質な男のような低い声で言いました。
「妹のことをもっと知りたい」
 恐怖のあまり、永瀬君は気を失いました。
 そのときのことを、永瀬君も妹さんも、全く覚えていないそうです。
 ただ、その日以来、永瀬君は常にだれかに監視されているような気がしてならないそうです。

(了)

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