未来都市アスタナ
地理が大好きな息子氏、日本地理にとどまらず、世界地理も大好きで、暇があれば、地図帳を眺めてニヤニヤしている。
パソコンでも、いろいろな国の画像を見つけては「お父さん、ここすごいよー」などと言って、説明してくれる。
そんな息子は小学4年生の時から地図が大好きだった。
ドライブに出かけるときも、必ず地図帳を持参していて、「いまはここの部分を通っているね」などと、地図を見ながら嬉しそうに話す。
大分の国東半島に行ったとき、海を挟んで小さな島が見えた。
「あっ、あれが姫島だよ」
と息子が言った。
恥ずかしながら、私は今日に至るまで「姫島」という単語を、見たことも聞いたこともなかった。
息子が指し示す地図を見たら、たしかに「姫島」と書いてあった。
そんな調子で、息子は日本や世界のあらゆるところのマイナーな都市のことをやたらと知っている。
息子が塾に行っているあいだ、妻と二人で長崎空港に行ったときのこと。
大村湾を楽しもうと、「東彼杵(ひがしそのぎ)」インターで降りたのだが、まず「そのぎ」という字が読めない。
「かれき?」とか「かのき?」とか、憶測していたのだが、その場に降り立って初めて「そのぎ」と言うのだと知った。
さすがに息子も知らないだろうと思って、「今日は東彼杵に行ったんだよ。知ってる?」と聞いたら、「当然」と即答された。
学校からもらう地図帳も、秋あたりにはボロボロになり、仕方なく担任の先生に、新しい地図帳を買えないでしょうか、と訊ねたところ、「去年のでいいなら」と新しい地図帳をもらった。
息子は大喜びで、その地図帳も読み倒し、6年生になるころには、またボロボロになってしまった。
そんな息子が4年生のとき、やたらと気に入っていたのが、カザフスタンの「アスタナ」という都市だ。
「お父さん、アスタナって知ってる? ここ未来都市みたいで、すごくきれいなんだよ。僕絶対にいつか行ってみたい」
と目を輝かせて言っていた。
「アスタナ」とは「首都」を意味する言葉であることも、息子から教えてもらった。
ところが2019年、「アスタナ」の名前が、ヌルスルタン・ナザルバエフ前大統領の名にちなんで、「ヌルスルタン」に改称された。
「なんか『つるとんたん』みたいな名前になっちまったな」
と私が言うと、息子は
「そうなんだよね」
と寂しそうに言った。
以来、息子が「ヌルスルタン」について嬉しそうに語っているのを、私は見たことがない。
当然「いつか行ってみたい」とも言わなくなった。
まあ、ヌルスルタンは、しばらくのあいだ無理にしても、中学受験が終わったら、二泊三日くらいで日本のどこかに旅行してみたいものだ。
小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)