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004.Kによる話


うつむきがちな人


 ……話の掴みとして、皆さんにひとつお訊ねしたいんですが。
 幼少期のことってどのくらい覚えていますか? 一番古い記憶を辿ると俺は三歳の誕生日になります。
 よくある誕生日パーティですよ。当時は弟妹もいなくて、多忙だったので父はいませんでしたが、一番上の妹がお腹にいた母はそこにいてくれましたよ。
 ロウソク三本のケーキと、祖父母と、母と、家で雇っていた使用人がふたりと、爺や……まあ当時は三十そこそこだったので今思えば『お兄さん』なんですが、ともかくそれが俺の誕生日パーティにいるはずの人の全てだったわけです。

 ……ええ。いるはずの人はそれで全てのはずだったんですが、もうひとりいたのをよく覚えています。
 四十代か、いってて五十代かな? っていう感じのマダムで、白髪混じりの茶髪で、黄ばんだ白いワンピースを着ていて。
 そのマダムは妙にうつむきがちで、覗き込むようにしないと顔立ちもろくに見えませんでした。
 ハッピーバースデーの歌に合わせるみたいにゆらゆら上半身を揺らしていたから、幼い俺はそういう祝い方をしてくれていると思ったんです。

 それからもそのうつむきがちな人は折に触れて出てきました。主に俺の誕生日に。
 いつも黙ってハッピーバースデーの歌に合わせてゆらゆらしているだけなんですが、どうも年々様子がおかしくなっていく。
 首がね、伸びていくんですよ。最後に見たのは九歳の誕生日会だったと思いますが、その頃には首がもう常人の二倍くらいになって、ハッピーバースデーの歌に合わせてガクンガクン揺れてて。
 気味が悪いなあと思ってあのおばさんは誰? と身内に訊ねたのですが誰も彼女を認識していない。
 それから、ええと、上の弟が小学校に上がる歳に誕生日パーティをしていたら、弟が急に泣き出して。
 なんでも、首の長いおばさんがいる、と言って怯えるんです。
 翌年も弟は同じように言いました。ただ、なんて言うんでしょう、俺の見ていたそのうつむきがちな人と照らし合わせても、ちょっとずつ時間が進んでいるんですよね。
 最初はうつむきがちなだけで、首が長くなって、それから弟も似たようなうつむきがちな首の長い人を見るようになり、翌年にはおばさんが腐っていってる! と叫ぶものだから親兄弟も気が気じゃない。

 それも上の弟が十歳になろう頃にはぱたりと見なくなり、今度は下の弟が誕生日のたびに怯え出す。
 なんでもハッピーバースデーの歌を歌っていると、首の長いうつむきがちな人がそこに居て、飛んでもない悪臭を放って口と鼻から黒々した液体を垂らしながらガクンガクンと揺れているんだとか。
 ええ、ふたりいる妹達にはそんなもの見えている様子はなかったので、どうもうちの男児が子供の頃にだけ見える『そういうもの』であるらしく。

 なんだかは分かりませんよ。
 両親にもさっぱり心当たりがないようですし。

 ただ、まあ。
 少し引っかかる点があるとすれば……最近弟にお見合い話が持ち上がって、是非に今すぐにでもとのことで向こうのご家族がかなり食い気味なんですが……そこのお嬢さんの叔母上がですね。
 似てるんですよねえ、あのうつむきがちな人に。
 俺はまだ『首が長い』という段階しか知らないので、そこまであの記憶に恐怖心も嫌悪感もないんですけど。
 弟なんかは顔が真っ白になっていましたね。

 他人の空似だといいんですけどねえ。

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