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『つけびの村』刊行イベント 「ノンフィクション万歳!」後編

『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社) 刊行記念
「ノンフィクション万歳!」
高橋ユキ × 水谷竹秀 × 広野真嗣 × 江坂祐輔 × 藤野眞功 トークイベント
が、2019年10月15日、青山ブックセンターにて開催されました。
この日の模様を、前後編に分け、公開いたします。
http://www.aoyamabc.jp/event/nonfiction/
上記イベントページのリンクにもあります通り、
ーー本イベントでは、新世代〈調査ノンフィクション〉としても話題の本書を中心に、ノンフィクション作家の水谷竹秀さんと広野真嗣さんをお招きして、登壇者5人それぞれによる「いま語るべき10冊のノンフィクション」をテーマごとに紹介しながら、ノンフィクションの新しい扉を切り拓いていけたらと考えております。ーー
ということで、登壇者それぞれが選んだ〈お薦めノンフィクション10冊〉をブックリストにして、当日は会場の皆様にお配りしました。
このブックリストについては、司会を予定していた『つけびの村』外部編集者・藤野さんが登壇者らにテーマを伝え、各自、それに沿った書籍をピックアップしていたのですが……当日彼は、台風の影響で、海外取材から戻ることができず、イベントも欠席に。ゲストとしてお招きした広野真嗣さんに進行をお願いする格好となりました。ありがとうございます。
【登壇者】水谷竹秀、広野真嗣(ノンフィクション作家)、高橋ユキ(フリーライター)、江坂祐輔(『つけびの村』版元編集者)
【欠席】藤野眞功(『つけびの村』外部編集者)(敬称略)

〈『後編』では、こちらのブックリストを片手にトークが進みます〉

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広野 今回の企画の言い出しっぺがいないんだけど、本の話に移りましょうか。今回、私たちが紹介する本には、それぞれにテーマを……。

高橋 設けてたんです。藤野さんが。一人一人にこういうテーマで書籍をピックアップしてくれと言ったんですよ。

広野 こういうテーマで挙げると何ですかって言うから挙げたのに。

水谷 そうですね。

高橋 いなくなっちゃいましたよね。

広野 せっかくなんで、水谷さんと、実はこの3人ほぼ年齢同じでして

高橋 そうですね。第二次ベビーブーム。ロスジェネっていうんですね。

広野 長寿の順番で今回の主役高橋さんに、今回の作品そのものではないけれども、この高橋ユキを作った本を。1冊、2冊、これだけをちょっと言っておきたいっていうところから。

高橋 公式の『つけびの村』のTwitterアカウントでもつぶやいたんですけど、1番の『未解決殺人事件ファイル-捜査ケイゾク中』っていうの、これは私はすごい一押しですね。

広野 その心は。

高橋 これは田宮栄一さんっていう方が監修されてるんですよね、元警察の。だけどどうもデータマンが優秀だったんじゃないかなと思わされる作りなんです。事件の詳細がしっかり記されていて、写真も地図もばっちりある。未解決事件にあれこれ興味を巡らせて、誰が犯人かとか考えるような人がさらに興味を持つ本っていうか。そんな各章のがっちり固まったきれいなデータの最後で、田宮先生がプロファイリングしちゃうんですよ。それがすごくて。男であるとか、女であるみたいなそういう感じ、誰でも犯人じゃんみたいな分析をするんですよね。

広野 日本人であるかもしれないし。

高橋 そう。

広野 でないかもしれない。

高橋 近所の者かもしれないし、遠くの者かもしれないぐらいの分析をするんです。でもそれがしびれるっていうか、逆に。

広野 真実が楽しいわけじゃないっていうことってあるんでしょうね。

水谷 そうですね。

高橋 そうなんでしょうね、おそらくね。未解決事件に興味を持ってる人って、藤原ヒロシさんとかもそうでしたけど、割と一定数いると思うんですけど、やっぱりそうやって事実の中から自分なりにいろいろ考えたい人たちなんだろうなって思うんです。そういうのにはまってる作りになってる。

広野 なるほどね。ちょっと高橋さんの独特の入り組んだ趣味の話なんですけど。

高橋 水谷さんは『海外をテーマにしたノンフィクションを選んでほしい』という依頼でしたよね。

水谷 事件の話と関連するので紹介すると、3番の『告白』。これはPKOの日本人の警察官がカンボジアの紛争地に行って、派遣されて、亡くなっちゃうんですけど、それがなぜ亡くなったのかっていう真実を徹底的に突き詰めていく、正統派のノンフィクションなんですよ。NHKだから取材費を莫大に使える。こんなの絶対フリーじゃできない。複数の国に行って、その当時の目撃情報を一つ一つ調べていって、この人はなぜ死んだのか、どうやってやられたのかっていう真理を追究していくんですよ。その過程がやっぱわくわくする。本当これは正統派だけど、フリーにはできない。

高橋 金に糸目をつけない取材、いいですね。

広野 私はもともと振り出しが神戸新聞っていう新聞社、そこに3年半ぐらいいて、その後、猪瀬直樹という作家の事務所でずっとデータマンをやってたんですね。なので雑誌にも、あるいは新聞にも書いてたっていう立場で、両方の特色のあるものを選んでくださいというリクエストでした。

今、水谷さんがお話になったことでいうと、いいノンフィクションってのは、文章が上手だからできるじゃないんですね。だからこれすごく難しいお話なんですけど。

 文章がうまいだけの書き手さんってたくさんいるんだけど、その文章にうっとりしてたくさん買ってもらえるってことほとんどなくて、やっぱりファクトがあって、その面白いファクトをどう料理するかって、その両方がうまくないと多分難しいんですね。そういう意味でいうと今言ったようにNHKっていうのは、多くの国民が関心を持つ、非常に深い題材について、受信料を原資にしたお金で、きちっとした取材班を作ってきちっと取材をすると。かつては新聞社にもそういう機能が一部あったし、雑誌にも例えばここでいう『田中角栄研究』なんかでも、まさに立花さんもそうですけど、唯一フリーのジャーナリストがチームを組んで、政権を倒しちゃうわけですよ。

高橋 すごいですね。

広野 ということができていた。ところがだんだん新聞社は新聞記者クラブを中心に組織化していって、ことあるごとに役所化していって。雑誌は雑誌でだんだん売れなくなって、買う人が減っていく中で原資を失ってって。例えばこういう『インサイド財務省』って決して面白いものじゃないですけど。これは読売新聞の経済部が財務省のインサイド情報、インサイドメモを組み上げて作った新聞連載を本にしている。普通の人が読もうという動機を膨らませづらいテーマだけど、ある種の敗者の歴史を書いてる。いま安倍政権の中で冷遇されている財務省の一つの遠吠えであり嘆き節であり、本来の国を背負う志みたいなことです。これは記者クラブの記者だからこそ接近できる距離感があって、フリーの人がいくら財務省の役人の家に通っても、簡単には語ってもらえない。新聞社の記者クラブは否定的に捉えられることが多いですが、実際にはこの独特のポジションがなければできない。その意味では、日本のジャーナリズムの資産でもあるんですよね。

ちなみに伺いますが、事件を題材にした本でいうと、そういうふうにお金のかかってるみたいなものってありますかね。

高橋 4番の『疑惑の銃弾』ですね。ロス疑惑の。最終的に民事裁判で負けちゃってますけど、読んでみるとやっぱりすごいお金を使って取材をしてるんですよね。現地に何度も行って。きっと当時記者を何人もよこしたんだろうなって想像できるような作りになっていて、雑誌ジャーナリズムが元気だった頃のイケイケな雰囲気を感じるんですよね。なんか過ぎ去った昔を想像して暗い気持ちになったりとか、そんなふうな読み方をしてます。チームを組めるのって、ちょっとうらやましいですよね。

水谷 うらやましいですね。NHKスペシャルとかって、かなり金出ますよね。何千万単位の取材費が出ますよね。

広野 そのことに嫉妬する一方で、それと戦っててもしょうがないってのもありますよね。

高橋 でも私そういう意味でちょっと水谷さんに嫉妬したことがあります。『ザ・ノンフィクション』っていう番組で、水谷さん『黄昏れてフィリピン』のときにいろいろ取材協力されてたじゃないですか。あれとかも結構な取材協力費が出てるんだろうなって、私は放送を見ながら嫉妬が止まらなかったんですけど。

水谷 えっ! そうだったんですか。あれは今年の5月に放送されました。簡単に言うとマニラでホームレスになっちゃった日本人のドキュメンタリーです。僕はもともとフィリピンに長年住んでまして、アジアを拠点に物書きをやっていました。現在は東京に戻ってきてるんですけど。僕がフィリピンで取材をしたホームレスの日本人たちをベースにしたドキュメンタリーで、フジテレビの『ザ・ノンフィクション』っていう番組でやらせていただきました。ずっと取材に同行して僕がコーディネーターみたいなこともやって、通訳もやってっていうことで、取材期間は1年ぐらい。マニラに行ったのが5回。1回大体1週間ぐらい行きます。でも全然ギャラは良くないです。

高橋 じゃあ、行ってる間に他の取材もして、そこで原稿料を得るっていう。

水谷 そうですね。やっぱりドキュメンタリーは相当お金厳しいと思いますね。NHKが特別だし、あと僕の場合は現場が海外なので、交通費だけでやっぱり結構かかってしまいますよね。

広野 大宅壮一ノンフィクション賞、あと講談社ノンフィクション賞、開高健賞。それから小学館ノンフィクション賞。それぞれ賞金が100万円とか300万円とか、ものによってはなかったりするんですけど。これ、皆さん、意外な人もいるかもしれませんけど、こういうの全部込みなんですね。つまり僕ら一回ドンッてお金をもらうことがあったとしても、それを切り崩しながらその数年生きていくっていうところがありまして。結局それはかつてであれば例えば小学館ノンフィクション賞なんていうと、今300万円出るんですけど、かつては1000万円だったとかいう説も。

水谷 すごいですよね。飛び抜けてましたよね、小学館ノンフィクション賞は。

広野 やっぱりそれはバブルだってことももちろんあるんですけども、読者がいたんですよ。やっぱり雑誌を多くの読者が買ってくださった。雑誌もたくさん出版され、それらの雑誌がまた新しい書き手の才能に高い原稿料を投じると。

そうして新しい才能を発掘しなければノンフィクションの世界はつまんなくなるだろうという、一応先人たちの健全な判断があるんですよね。だからそこから私のリストに一旦戻すと、例えばこれで言うと、③番。ここでいうと大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作品でもある③の高木徹著『戦争広告代理店』。

水谷 すごいいい本。これはすごいいい。

広野 『戦争広告代理店』の話ってのは、実は最近ちょっとネットで話題になっていました。大宅賞を受賞された安田峰俊さん。安田さんが文春オンラインで香港デモを追ったルポルタージュを書いてらして、その中でこの本に触れていました。

ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争の裏で繰り広げられた広告戦争を描いていて、セルビアが民族浄化という非道に手を染めたという印象を世界に植え付けることに成功したボスニアの戦略を解き明かしてるんです。『戦争広告代理店』は、ある種の国家間の広告戦だけど、安田さんが見たSNS時代の香港は国家でなく個人が広告代理店と化している、と。警察官が女性に暴力を振っているところを撮らせたりね。お巡りさんのほうもカメラマンの格好をしてデモ隊の若者たちがいかに素行が悪いか、それを押さえ込むために警察官が懸命に治安維持にあたっているかを見せようとする――つまりは個人が仕掛けるメディア戦争になっているという分析をしていて、むちゃくちゃ面白い。

 この『戦争広告代理店』はさまざまな現象を分析する上でも共通のワーディングになるほど面白い画角を持った作品でした。

水谷 これはこんな切り口があったんだっていうのは考えさせられましたね。

広野 高木さんは、この翌年に『大仏破壊』っていう書籍で大宅賞をとりましたが、これはアフガニスタンでの大仏遺跡破壊の過程をドキュメントにしたもの。著者はNHKのディレクターとして番組に関わってて、実際どっちもNHKスペシャルになってるんです。当時私たちは、すごく嫉妬するわけですよね。

 最近でもノンフィクション賞をこういう組織の後ろ盾がある人が取るのか、フリーの人が取るのかって、業界的な意味では――。

水谷 ずっと議論になってますよね。やはり彼らの組織力と資金力には絶対フリーは太刀打ちできないじゃないですか。そういうNHKがNスペとかで取り上げたようなのが本になって、それが受賞するっていうようなのが定型化すると、その賞自体やる意味っていうか、勝てる隙間がないので。

広野 そこには救い手がありまして、皆さん読者の方が本を買ってくれるっていうのが実は……。

江坂 一番大事。

広野 ぜひ買ってもらいたいなと思うんですけど。高橋さんにちょっと戻って、そういう意味で言うと、お金がかかんない系って面白いっていうのあります? フリーの人が、よく1人でここまできたなって、清水さんの『桶川ストーカー殺人事件』とか。

水谷 あれもすごかった。

高橋 私自身はこんな本を書いてるけど、オーソドックスなノンフィクションが、本当に事件ノンフィクションが大好きで、殺人関連のAmazonのランキング上から順に買っていって読むっていうのを自分に課してるんですよね。売れてるものには理由があるはずだろうっていう、そういう探究心があるんですけど。私がリストに入れているのはそういうところに上位で入ってる本が多いです。お金のかかってないやつって何だろうな。結構それなりにどれもかかってると思うんですよね。

水谷 一冊の本を書くのに取材費ってどれぐらいかかるかっていうと、これどうですか。

広野 これは交通費っていう“化け物”がいるんですよね。

水谷 それも込みで。

広野 東京で取材すればそれは相手にもよりますけど、交渉する費用がお金ってのは別途あるのかもしれませんけど、地方に行く場合は僕はほとんど交通費ですね。

水谷 あと旅費。

高橋 そうですね。どこに泊まるかとかですね。

広野 おそらく1冊を作るのに100万ぐらいは普通に行くのではないか。

水谷 行きますね。

広野 なので、大宅壮一ノンフィクション賞で100万円もらって、やっと1冊書けるっていうこと。あと子育てしてるとそんなに書けないですよね。

高橋 そうですね。広野さんも子育て中ですもんね、本当にね。私ちょっと江坂さんのリストもちょっと気になってたんです。

広野 これは藤野さんからの無理難題なんだと思うんですけど、『アカデミズムとノンフィクションの違いについて』。

江坂 自分なりにちょっと今の話をこじつけていくと、ノンフィクションとアカデミズムの違いっていうよりも、同じなところみたいなところに実は焦点を絞ったほう話が早いかなというところがあって、アカデミズムのほうも結局はファクトっていうものが何か、特に人類学系とか文化系のものであればファクトっていうのはどう料理するか、まずファクトがないとしょうがない問題ですよね。ここで挙げてるのがダーウィン。多いんですけど。

 この人を観察によってどう取るかっていうところで、ちょっとセレクトしてはいるんですけど。なので今だとちょっと名前を挙げないですけど、ファクトに基づかないけれども事実だといって書いて、売れてる本って結構多いじゃないですか。

水谷 多いですよね。

広野 その話でご飯3杯ぐらい食べれるね。

江坂 本当はノンフィクションとも言っちゃ駄目だし、真実とも言っちゃ駄目だし、フィクションだよねっていう。アカデミズム側からすると……やっぱり事実の積み重ね、あるいはネタの積み重ねと検証の可能性ってのを残しておかないとまずいですよね。

水谷 まずいですよね。でもそれが売れるとまたこれ厄介ですよね。

江坂 だからさきほど水谷さんがおっしゃったようにリツイートを押すだけで感情的な部分だけ先走って伝播してしまうってのと、かなり近い構造で。非常に危険ではあるんですけども、それに対抗する側の努力って、非常に時間がやっぱりものすごいかかるし。

 それがなかなか言い方難しいんですけど、報われないというのもありますよね。

広野 さっき僕は駅からここに向かってくるとき、歩いてたら、後ろに上等なスーツを着た男性のビジネスマン2人組が歩いてて、こんな話をしてたんです。「俺、読んだんだ。3が付く数字ぐらい寝るのがいいっていうんだよ、30分とか、3時間とか」と。

高橋 それ言う人いますよね。

広野 だから俺もちょっとやってみようと思って。

高橋 私は絶対嫌です(笑)。

広野 私が小さくショックを受けたのはこの二人の男性が結構真面目な顔で「3のつく睡眠」の話をしていて、この振りは危ない所まで来てるんじゃないかな。でも彼はそれを本で読んだって言ってたんですね。本買ってくれただけありがたいんだけど、せっかく健康意識が高いなら、なんか別の本に行かなかったのかな……と。

高橋 そうですね。やっぱり最近の傾向としては、明確な答えを早く欲しがるっていうのがあるのかと思いますね。その3の数字を、信じたい。そういうのあるんだろうな。

広野 だから3時間でもいいんだとかね。

高橋 自分に言ってるんですよね。ちょっと占いを信じる人と似てるなと。

江坂 本当そうですね。全くそのとおりだと思います。それだけ不安みたいなものが蔓延して、うわさじゃないですけど……。不安みたいなものはかなり蔓延してきてしまってるのかなって気もするんですが、ファクトってのは積み重ねでやっぱり時間がすごくかかるんで、そこに向き合うだけの時間はみんな作れないし、そこまでではないっていうか、ある程度の読解とか検証とかの努力をするのが大変な時代でもあるのかなとは思います。

 ただ一方で、見なきゃいけないファクトの数はやっぱ多過ぎるって、もしかしたらあるのかもしれなくて、そこにどう立ち向かうかなってのはありますかね。

広野 晶文社さんってどっちかっていうと、学術的な本を扱われてるような老舗の版元っていうイメージだったんですけど、高橋さんを通じて平仮名が多くて『つけびの村』とか。『レンタルなんもしない人』とかね。その辺りは版元の今の状況をどう表してるんでしょう。

江坂 やっぱり売れる物はどうしても必要だってのがあるんだとは思いますね。ていうのと、もう一つはそういうのの中でもやっぱり時代の流れにさおさしたいなっていうのは常にあって。単純に売れてるんじゃないんだよってのが自分の中にちょっとあって、それを読者が作品を通して読み取れたらっていうのはあるんですよね。

広野 なるほどね。でも、これ紹介された岩波文庫とか、講談社学術文庫だとかっていうのは、おそらく今言った「3のつく睡眠」みたいなものに対抗する知性を耕していくには、順番に本当は一生かけて読んでいったほうがいいものの集積なはずなんですよね。

江坂 そう思いますね。ちょっと話をすると、ダーウィン。一番目の『ビーグル号航海記』って、これはダーウィンがほぼ最初ぐらい、22歳から旅に出て、帰ってきたのが27歳なので、だからそれぐらいから書き始める。それぐらいに書いた完全な世界一周旅行の航海記って日記なんですけど、本がめちゃくちゃ面白いっていうのもそうなんですけど、僕をこの道に呼び込んだ、誤って呼び込んだきっかけでもあるんで。小学校4年のときにこれで読書感想文を書いて、県大会まで行って、だから自分、文章書けるのかとか勘違いしたっていう。

『ミミズと土』はダーウィンの最晩年に書いた本で、ひたすらミミズの観察をすることで、この世界の土壌っていうものがミミズによって分解と再生を、ミミズがその役割を担っているということを書いたものです。

『ダーウィンとアフォーダンス、知性はどこに生まれるか』っていう佐々木正人さんっていう方がこの続きをやられていて。アフォーダンスっていう研究を最先端のところまで押し広げてく。

高橋 そうやって受け継がれていくんですね。

江坂 そう。その学問のアカデミズムの見直しっていうと、今度違いってことで言うと、アカデミズムのほうは継承性があるっていうか、誰かが道半ばで倒れた後を受け継ぐ人がいる。だからその違いがやっぱちょっとある。ノンフィクションの場合は作家さんとか、誰が問いかけるかによって、答えが変わってくるでしょうし。その人それぞれの個性とか視点っていうものが最大限に生かされてる気がしますね。

広野 僕、それ実は反論あるんだな(笑)。きょうはこういうノンフィクション好きが集まってせっかくしゃべるんだからと思って、何しゃべろうかなと思って考えて来たんです。多分いろんな書き手がいると思うんですよね。文章が上手な書き手もいれば、驚きの事実を拾ってくる取材上手な書き手もいます。ではどういうのがいいノンフィクションなのかなというは人それぞれあるのかもしれません。では自分はどうかというと、僕にとって一つ選択基準があるとすれば、『引用されること』だと思ってるんですよね。

水谷 なるほど。

広野 ノンフィクションはやっぱり引用されることを目指すことだと思っていて、それはどうしてかっていうと、水谷さんが先ほど言ってたように例えばツイッターの投稿文字数140字という枠に限定されたの言葉はわかりやすいですが、そのわかりやすさゆえに「こちら」と「向こう」は分断されてく。意見や立場の分断です。分断するの簡単なんですよ。だって否定さえすればいいだけの話なので。

高橋 そうですよね。

広野 もはや取り返しがつかないように見える分断がある中で、多分、分断から回復する一つの方法は、人が得た知性を引用することだと思うんですよ。引用されているけども、ある本当に正しい確からしいファクト、確からしい分かりやすいファクトをいろんな人が共有していけば、そのファクトを語り合うということがありますから、それが民主主義の当たり前の原点だと思うんですよね。やっぱりノンフィクションの本もやっぱり引用されてほしい。

水谷 すごい今共感したんですけど、僕が最初に挙げた『サイゴンから来た妻と娘』ね。これ読んだときに一番感じたのは、古くないと思ったんですよ。今の話として、面白いって思えたんですね。何が言いたいかっていうと、ノンフィクション作品として、面白いっていうのもあるんですけど、僕はやっぱり残る本がノンフィクションとしてすごいと思う。例えば100年たって読んでも、色褪せることなく面白いよって言われるノンフィクションは作品として強い。時代が変われば忘れられてしまうんじゃなくて、時代が変わっても読まれるってのは、そこに普遍性がないと難しいかなというのは感じました。

高橋 そうですね。Amazonの殺人関係のランキング見てても、やっぱりずっとランクインしてる古い本もあるんですよね。『消された一家』とか。

水谷 残ってますよね。

高橋 そうなんですよ。『桶川ストーカー殺人事件』とか、『凶悪』とか、ずっと残り続けて。やっぱり事件ノンフィクションでも残るものはこうやって、こういうふうに残るんだなっていうのは毎回思いますね。ランキング見るたびに。

広野 そういう意味でいくと、できるだけ僕は引用されることを目指そうと思うんで、昔はいろんな俺だけの文章みたいなことを憧れたりしましたよ。

高橋 そういう文章って、後から読み返すと「あれ?」って思うときありますよね。

水谷 かっこつけ。

広野 ロマン求めちゃうんですよ。

水谷 それはありますね。

高橋 『黒龍江省から来た女』とか、私、永瀬さんの本すっごい好きなんですけど、すごい文章が格好つけてるんですよね。でもすごい好きで、ちょっとまねたりとかね、家ではね。

広野 なるほどね。やりたくなる。

水谷 分かります、それもすごいよく分かる。使わないようにしますよね。

高橋 そう。

広野 そういうモードから離れて、なるべく普通のなるべく分かる事柄で普通に書いても、なお、これはすごいなっていう。それこそやっぱりいい文章だと思うんです。例えば私のリストで言うと、こういうのでいえば例えばさっきの財務省の本もそうだし、『メルトダウン』って、これは大鹿さんっていう朝日新聞の敏腕経済部記者でね。この人は後書きにも正直に書いてるんだけど、本の紹介では200人以上の人を取材したとか何とかってかいてあるのね。その後書きを見ると、東日本大震災のときの大事件とその事故発生から9カ月間のうちで取材できたのは129人だと、接触できたのは。あとは敏腕のジャーナリストたちの力を借りたって書いてある。それはどういうことを意味してるかっていうと、それは朝日新聞の政治部や経済部の記者たち、同僚たちのメモを見てるってことだと思うのです。

 これはちょっとその解釈だとつまらなく思えるかもしれないけど、違うんですよ。やっぱり皆さんが読者として新聞を買ったお金で優秀な記者を雇っていて、その優秀な記者と毎日人間関係をつくった、ベスト&ブライテストたちとの会話とメモにしてるわけですね。それをできるだけ突き合わせれば突き合わせるだけ歴史は立体的に残るし、実は国会事故調よりも200倍面白い。多分おそらく文章は第一原発の事故でこんな面白いものないんじゃないかな。

水谷 これも賞取ってましたよね。

広野 これは講談社ノンフィクション賞取られましたよね。で、おそらくそれ人のメモ、勝手に使っちゃうんで、そういうとこでいろいろ評価が分かれました。だけど大事なのは機能。そういう新聞社の持つ機能だとか、雑誌の持つ機能だとかいうことを、そういう引用される記録を、後に残る記録のためにどれだけ使っていけるかっていうふうに考えると、買わなきゃいけない本の基準なんですよ。やっぱり本当にそう思ってるんで。僕も一読者だから、一読者として誰を育てなきゃいけないかって思うわけですよ。

高橋 なるほど。

広野 僕は育てられてるほうなんだけど。読者としてこの著者に伸びていってもらいたいって、政治家に対する一票と同じように多分書き手に対する一票は本だと思うんで、ぜひバイトしてでもちょっとよりボーナスたくさんもらってでも買ってほしいですよね、本当に。

高橋 『消された信仰』をお買い求めいただきたいですね。

広野 あと引用については、近藤さんの本でいくと、最後のところでサイゴンで奥さんつくるわけでしょ、現地の。

高橋 で、娘さんが生まれたんですよね。

水谷 ベトナム人の。で、一緒に帰ってきて、娘さんをどういうふうに育てていくかっていう、日常生活を描くのが絶妙にうまい。

広野 泣いちゃうんですよ。

水谷 これが本当にうまい。

広野 で、それで娘があるときお父さんに聞くわけ。「パパは私とお母さん、どっちが好きなの」って「ごめんね」って、「あなたにはごめんだけど、一番はお母さん」と。「ちょっと下にあなたがあって、あとはみんなずっと下」っていう。俺、これだなと思って。時々奥さんとけんかすると、そのせりふをどこで言うかみたいな。

高橋 そうするとやっぱり奥さんは喜ぶんですか?

広野 あんまり。「もう聞いた」みたいな。

高橋 「はいはい」みたいな。

広野 だからその辺が男ってバカだから、ロマンを消費しちゃうんですよね。自己満足。

高橋 うちの夫もそんなこと言うから、きっとこれを読んだりとかしたんでしょうね。

広野 みんなそうだと思うよ。だから今日、女性の方、これを聞いたら、「せりふ知ってる」って。「それ近藤さんでしょ」とかって。そうすると旦那ももっと読まなきゃいけなくなる。

高橋 そうですね。別の方法を考えなきゃいけないから。易きに流れちゃいけない。

広野 そうですね。あとなんか引用、残る本。水谷さんなんかどうですか。

水谷 残る本ね。僕の中ではそうですね、『コリアン世界の旅』です。これも名著ですよね。在日韓国人というのがどういう人たちなのかっていうのを真正面からとらえています。最初に、錦野旦が登場します。彼は96年の刊行当時はものすごくフィーバーしてて、でも実は在日だったっていうのを正面突破で切り込んで取材をしていて、在日韓国人のルーツみたいなものを探す旅に出る。そして世界各国にいる韓国人の元にまで足を運んで、コリアン世界を描いていく。民族とは何かを考える上でも、これは本当に素晴らしい名著だと思います。

広野 なるほど。韓国がいわゆるソウル五輪で世界に打って出たのが1988年。その10年後の98年に旅行が解禁されてね、韓国の。だからその10年が多分いわゆる在日じゃない韓国と、改めて日本が出会い直すときっていうことだったかもしれませんね。

水谷 今、日韓関係は微妙と言われているじゃないですか。だから改めてこの本を今回のトークショーの前に読み返したんですけど、いや素晴らしい本だなって思えます。これからも残る本だと。

高橋 そういえば、水谷さんはリストを途中で書き換えたじゃないですか。そのときに「自分を成長させてくれた本」というくくりを設けて、いくつかピックアップされたと思うんですけど、その書籍とその理由を聞きたいです。

水谷 それで言うと、『東電OL殺人事件』かな。事件ものなんですけど、僕はノンフィクションライターとしては遅咲きなんですよね。ずっとマニラに住んでたので、なかなか日本の本って手に入りにくい。帰ったときにまとめ買いしていたので、発売時になかなか買えない。そんなような環境でノンフィクションに興味を持って、この世界に入ったきっかけがこの『東電OL殺人事件』だったんです。開高賞を取らせていただいたときに応募したのも、やっぱ佐野さんが選考委員だったのが大きいんです。

高橋 この本も、現地にまで行っちゃってましたもんね。

水谷 そうですね。佐野さんがネパールに足を運んでいました。

広野 アジアの遠い国から来た人が、そういう事件に巻き込まれるっていう意味でも、その時代を象徴してましたよね。

水谷 被害者は広野さんの大学の先輩ですよね、確か。経済学部卒の女性が、夜は売春婦で昼間は東電で働いてっていう、その二面性を描いていたのが、やっぱ当時すごい話題になって。これ新潮45で確か連載やってたんですが、そのときは新潮45、めちゃくちゃ販売部数が多かったんですよ。

広野 皆さんちょっとせっかくなんで、やっぱり週刊ポストもそうなんだけど、われわれみんなどこでも取材関わってる雑誌なんで、杉田何々さんの発言がどうとか、韓国をやらないといけないっていう、その見出しがどうとかで、それも皆さんもこれよくないっていう反応を、われわれも思うようなことも、雑誌の中で起きてるんですね。何でそういうことが起きてるかっていうと、あの雑誌が売れてるから。そういうことを書くと売れてるっていう現実があって、そういうところで書くのは俺は嫌だ、だから筆を折る、ポキッていうふうにできる人はいいんですよ。

でも、さっき言ったようにわれわれのように原稿料をいただきながら、家族を養い、次の取材への投資を考えてと限られたお金を巡らせながら生きている人間としては簡単にそういう選択はできなくてですね。

水谷 そうですね。

広野 Twitterで「廃刊せよ」と叫んでいる人の意見がわかるような局面でも、でもそれは言えないし、廃刊はさせないでほしい。たまたま嫌韓など右派サイドでバランスを書いた言論が問題視されたけれど、逆側の左派サイドで対抗した位置を占めていた雑誌は既に廃刊してるんです。『論座』も廃刊してますし、『月刊現代』も廃刊。それは読者がいなくなったから、維持できなかったからなんですよね。僕が一番最初に名前を出して書いた雑誌ってWiLLでしたしね。

水谷 そうなんですか。

広野 クリスチャンの母親は怖がっていましたよ(笑い)。この恐ろしい表紙は何ですかって。でも保守系の雑誌を買う人は残っていて、左派系の雑誌を買う人は残らずに、Twitterで正義を振りかざしてるっていうことも一面にはあるよね。

高橋 本当に思いますよね。なんかああいう路線にどんどんなっていくのっていうのは、ある種ノンフィクションが面白くないからなんじゃないかとか、私もちょっとそういうことを考えてて、それでもっと頑張らないとなとか、それは常に思っちゃいましたね。

水谷 だからそれはやっぱり高橋さんの今回、今年本当にフィーバーしたっていうのは、僕は同じ書き手としてはうれしい。

江坂 例えば書く媒体みたいなのってのを選んだりするんですかね。というのは例えば現在だと河出書房さんから出ている文藝って雑誌は文芸誌にもかかわらず、3刷り4刷りっていう、大増刷して、それは特に韓国の文芸を禁じて、そういう媒体からオファーがあった場合は仕事されるとかってことはあり得るんですかね。それはでも系統が違うからちょっとっていうこともあるんですか。どうなんでしょう。

高橋 私はどこかでライターさんが、来た仕事は全部受けるっていうような、何かのインタビューで……すごいふんわりした話なんですけどそういう記事を読んで、よし私もこれでいこうっていうふうに思っています。

広野 僕はそうですね。原稿用紙一枚の原稿でも頼まれたら全部やる。あと一個言いたいなと思ったのは、今ちょっと売れる売れないっていう、すごい夢のない話のなかで、でも夢のある戦いをしてるやつは実際いて、僕が憧れてる同世代のライターの人で畠山理仁さんの⑩番で『黙殺』という本が開高健賞を受賞しました。水谷さんがそれより先ですよね?

水谷 僕が先です。

広野 こう言う表現を使ってしまっては畠山さんに怒られるんだけど、いわゆる泡沫候補(畠山さんの表現に従えば「独立系無頼派」)と呼ばれているマック赤坂さんとか、もとはN国、NHKから国民を守る会の立花さんもそうだし、それをそういういわゆるテレビが選挙のときに取り上げない候補者たちだけを、まあ、それを言えばちゃんとした、取り上げる候補者も取材をしてきた。選挙の全体もきちんと取材されているんだけど、その中でも大手が光を当てない人たちに徹底的に密着をして、10年かけて取材した成果を初めて本に出した。

 これは本当にお金も時間もかかっている。誰もそこに着眼しない、それに「独立系無頼派」という名前を付けたのもまたすごいいいんだけど、だから俺は、みんな独立系無頼派で頑張っていけば、すごく個性も生きるんじゃないかなと思うんですけど。でもそういうふうにいろんな仕事の流儀みたいなことを知ってもらえたら、書き手の楽しみ方としても面白いかもしれませんね。

高橋 確かに。そうですね。……あっ、そろそろ終了となりそうなんで、2人の最近のお仕事のお話ですとか、ぜひ教えてください。

水谷 さっきもちょっと触れたんですけど、今、山谷地域に暮らす日雇労働者であったりとか、いろいろお話をして路上で酒飲んだりとか、僕自身が日雇労働者になったりとか。あと炊き出しに僕が並んだりとか、炊き出しを僕がやったりとか。6番の『山谷ブルース』っていう本の著者、エドワード・ファウラーってすごい。ここまで食い込むかっていぐらいの山谷の人になってるんです。なかなかできない。同じ日本人でもできない。逆に外国人だからできるっていうところがあるのかも分からないですけど。これを超える、何ていうのかな。

広野 山谷ノンフィクション?

水谷 山谷ノンフィクションってたくさん本出てるんですけど、やっぱりちゃんとした、ガチで山谷を語れるものを何か1冊書きたいなと思って、2年ぐらい前から山谷に行って……。

高橋 確かその辺に住んでましたよね。

水谷 入り浸っていて、3、4カ月くらい住んだんです。現在は連載を続けています。

広野 あれですよね、だからそれは観察者として外から見るっていうんじゃなくて、中の言葉をしゃべる人になるっていう。

水谷 そうですね。じゃないとなかなか山谷は描けない場所だなっていうのはすごく感じています。結局、外からのつまみ食いだけだと浅くなってしまうんですよ。だから中から見ると本当はこうなってるんだよっていうのを語れるような本にするためにはもうちょっと時間がかかります。もっとガチで日雇労働を毎日する勢いじゃないといけない。

広野 この水谷さんの今文庫になって売り出し中の『だから居場所が欲しかった』っていう、この本も僕読んで面白かったですけど、いわゆる日本で仕事がうまく定着しなくて。

水谷 就職氷河期とか。

広野 ていう人たちがタイのコールセンターで、バンコクのコールセンターで現地でも微妙に低い給料で働きながら人生を食いつないでるんだよね。その食いつないでるブルースみたいなものが聞こえて。だけどそれに水谷さんは共感しきらないところがいいんですよ。共感しきらない、つまりお前そこでいいのかっていう目線を同時に、多分水谷さんがそこにいながら、俺ここでいいのかって言ってるんですよね。

水谷 難しいところですね。これを書くに当たって、共感してしまっていいのかなってすごく悩みました。だから山谷の話に戻ると、例えば路上生活者と一緒にいて、共感できるかっていうところになるわけじゃないですか。もちろん共感できる部分もあるけど、全面的に共感できるかっていうと、そうじゃない。その距離感が難しいですね。

広野 そこを広げるとどう表現するかっていうところが読み応えになってくるところかもしれませんね。

高橋 すごい楽しみになってきました。

広野 私のほうはめちゃくちゃなこと言うと、今出てる月刊文藝春秋に皆さんもよくご存じの結愛ちゃんって目黒虐待死事件のお母さんのほう、ある種の手記的な記録ですね。精神科医の方との対談の記録をちょっと私がある所から入手しまして、書いてます。たまたまきょうですけど、さっき夫の雄大被告の判決がありまして。求刑が18年に対して13年。で、奥さんのほうの優里さんが求刑が11年で判決が8年です。どっちも大体7掛けぐらいではあるんですけど、それちょっと軽いなと正直思いました。

 取材の過程なんかで彼女の言葉を聞いてると、彼女が結愛ちゃんを飢えさせたということは、ある意味、彼女と意思としては100パーセントなくて、それをさせようとする夫におびえながら、それを止められない自分と、その自分を呪い続けてる記録なんですよね。今も彼女、自分を呪ってますけども、それをある種、意図的に仕掛けた夫が、ある種妻と同じ形で責任を減じられる判決にちょっと違和感があるなっていう。もしよかったら今出てる文藝春秋に載ってますんで。

高橋 広野さんの文章は結構熱いですよね。いつも1行目でハッとさせられるんですよね。

広野 きょうはすごい現象をみんなで語り合えて楽しかったですね。

高橋 今回は、広野さんにすごい助けていただいて、本当ありがとうございました。

江坂 ありがとうございました。

高橋 皆さんも遅くまでありがとうございました。


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高橋ユキ。北九州市出身のフリーライター。『つけびの村』、『暴走老人・犯罪劇場』、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』など https://tk84yuki.theletter.jp/ mailto:info@kasumikko.com