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特撮以前の石ノ森センセに出会える本


◉出会いのきっかけは、すがやみつる先生

もともとは、すがやみつる先生の『コミカライズ魂』という本がきっかけでした。すがや先生個人の自伝であると同時に、コミカライズマンガを含めた戦後ニッポンのマンガ制作の現場の息遣いを伝えてくれる非常に面白い一冊です。その中に、すがや先生がマンガ家を本気で目指すきっかけになった本として、石ノ森先生(当時はまだ石森姓)の『少年のためのマンガ家入門』の話が出てくるのです。すがや先生によれば、この本がきっかけになった同世代のマンガ家が相当数いる、というので「いったいどんな内容だろう?」と気になってしまったのです。

◉60年前の本だけど、意外と簡単に手に入っちゃう

すがや先生がその本を手にしたのが1965年(昭和40年)8月のことだと書かれているくらいなので、もちろん町の本屋さんに並んでいるわけもなく「これは結構お高い値段になっているんだろうなー・・・」と、半ば諦めモードでネットを検索すると、まったくそんなことはありませんでした。普通に中古本の値段で、状態にこだわらなければ送料込みで1,000円出してもお釣りがくるような物もありました。ただ、化粧箱がしっかりついているものは、途端に値が跳ね上がっていて、安くても2万円台から・・・という感じでした。もちろん僕はコレクターでもないし、中身がちゃんと読めればいいので、ほどよく安そうなものを選んで購入。ついでに続刊にあたる『新入門百科 続・マンガ家入門』も、お手頃なのを見繕って併せて購入。こちらも化粧箱付は高騰していて、2冊セットで20万円近いものも見かけました。いやはや。

kindleでデジタル版も出ているみたい!知らなかった!

◉マンガ家になりたい!の熱量がハンパない!

僕の手元に届いたのは、なんとすがや先生が手にしたのと同じ、昭和40年夏発売の初版本でした。状態は購入時にチェックしていましたが、まさか初版だったとは。これと同じものを、すがや先生や多くのマンガ家の皆さんが手に取ったと思うと、ちょっとテンション上がります。

詳しい内容は書き出すとキリがないので、いつものように端折ってしまいますが、とにかく、すべてのページ、すべての行間に石ノ森先生の人柄が溢れまくっていて、マンガ家を目指していようがいまいが関係なしに、惹き込まれてしまいました。まえがきのところで、

とにかく、そういうわけでぼくは後輩のために、この入門書を書くことにしたのです。それもぼくの流儀で――。

『少年のためのマンガ家入門』「まえがき」より

とご本人も書かれているように、ただ優しいだけの入門書じゃないんですよね。技術を習得させるためというよりは、マンガ家を仕事として選ぶという覚悟を問うような、そんな空気感が全編に漂っています。

自分がどんな子供時代を過ごし、どんなふうにマンガの世界に接してきたのか。手塚治虫先生との出会い。中学2年で彼にファンレターを書き、全国の有志を集めて同人サークルを立ち上げ、作品を手塚先生にも郵送回覧していたエピソードとか衝撃です。DEEPなファンにはお馴染みの話だとは思いますが、僕は初耳でした。"回覧"ですよ? コピーもFAXも無い時代ですから描いたマンガの原本を集めて束ねて冊子にし、それをサークルの会員だけでなく、出版社や手塚先生の元へも郵送してリレーしてたんです。凄くないですか? 昔の少年たちの熱量! 今はそんなことしなくても、簡単にシェアできる便利な時代になりましたが、そういうことをやってる中高生って居るんでしょうか? 

そんな活動をしていると、高校2年の夏に手塚治虫先生から「手伝いに来て欲しい」と連絡がきちゃうんです。凄くないですか?(もう凄すぎて笑ってしまいます) その頃、既に『ジャングル大帝』『アトム大使』『リボンの騎士』の連載で大人気だったマンガ家から、直々にお呼びがかかるって。

それを機に石ノ森先生のマンガ家としての人生がアップテンポで展開していくのですが、そのあたり興味のある人はkindleででも読んでみてください。440円で読めるなら損じゃない、とお薦めします。

◉なるなら本気で挑戦しろ、という石ノ森センセの静かなる檄

本書の後半は、マンガを描くテクニック論ではなく、職業としてマンガ家を選択するにあたっての心得や、立ちはだかるであろう(石ノ森先生自身の実体験に基づく)モンダイなどについて書かれています。

そして、寓話的に二人のマンガ家を登場させて「幸福なマンガ家とはどっちだと思う?」と読者に問いかけます。ひとりは名誉ある賞などは貰っていないけど、読者が読みたいマンガを描いて人気を博し、お金が稼げるようになったマンガ家。もう一人は、自分が描きたいマンガをせっせと描き続けて、業界人からは評価されて賞ももらったけど、ファンは一向に増えず収入も上がらないマンガ家。あなたは、どっちが幸せなマンガ家だと思いますか?

この本の出版当時、石ノ森先生自身も無冠のマンガ家でした。翌年の1966年(昭和41年)に『サイボーグ009』などで「講談社児童まんが賞」を、さらに1968年(昭和43年)には『佐武と市捕物控』などで「小学館漫画賞」を受賞されますが、まだこの本の執筆時点では、マンガ賞なるものにもどこかナナメの目線を投げかけていたようで、そんな気持ちが垣間見えるページもあったりします。「児童マンガ家になる10の条件」とかを丁寧に提示しておきながら、自分はどれひとつ該当してないんだ、でも今は数十本の連載を抱える売れっ子なんだよね、と茶化します。

この本を読んでいると、

自分の描きたいものを描くのは簡単だけど
それがみんなが読みたいものかどうか、お金になるかは別問題だぜ。
その覚悟が出来ないヤツは、マンガは趣味のうちに留めておきな。

そんな石ノ森先生のメッセージが浮き彫りになっていきます。秋田書店さんからのオファーは「少年少女たちがマンガ家を目指すための入門書」だったそうですが、ならば編集担当はよくこの内容でゴーサインを出したなあと驚きます。先生は「あとがき」にもこんなことを書かれています。

現在は有能な新人マンガ家の払底時代といわれています。ムカシの「漫画少年」のような、勉強機関がないということにも一因はあるのでしょうが、現在の人気マンガだけを、目の色をかえて追いかけるという、新人たちの風潮にも、見のがせない要因があるように思われます。

『少年のためのマンガ家入門』「あとがき」より

当時、石ノ森先生はまだ『サイボーグ009』を連載し始めたばかりで、『仮面ライダー』の原作とマンガを手掛けるのは、まだ4,5年先の話です。売れっ子にはなりつつあるものの、自分の想像したヒーローが実写化されて、40年も50年も受け継がれていく。そんな未来が待ち受けているとはつゆとも知らぬ石ノ森先生が、マンガ家という仕事の社会的な価値をもっと高めていきたいという想いが滲み出る一冊でした。

◉読了後、僕の中に湧いたギモンの答は続刊に

これを読んだ「マンガ家を夢見ている少年少女たちは、いったいどんな反応をしたのだろう?」とか、「そもそもどんな人たちがこの本を買って読んでいたのだろう?」とか、いろいろ気になりましたが、なんとその答が、続刊『新入門百科 続・マンガ家入門』で明らかになるとは思いも寄りませんでした。僕は再び、昭和の若者たちの熱量に圧倒されることになります。

つづく

扉裏に掲載されている著者近影。若い!たぶん20代半ば頃でしょう。
後ろの面々は同世代のマンガ家さんたちなのでしょうか?
プロフィールには仮面ライダーの"か"の字もありませんね

▼続刊『新入門百科 続・マンガ家入門』のお話はこちらです。




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