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ある一点

自分が悩んでいるといって深刻になっている時、自分一人が悩んでいるつもりになっている。
出会いがないと、自分の殻に閉じこもって自分だけで考える。
ところが悩みを持った人に出会ってみたら、たくさんの人がいた。

            一楽 真


今日の言葉は、捉えようによっては、嫌いなものの考え方にもなる。

だから、あまりこうした、下手をすると、みんなと一緒・ボクだけじゃないから・みんなお友達、みたく捉えられる言葉はあえて選ばない。

気になっても自分のうちにとどめておくだけにして、こうして載せることはしないようにしている。

みんながいるから大丈夫。
みんなと一緒だから大丈夫。
ボクだけじゃないからいいんじゃない。

そうした仲間意識は嫌いだ。

人間だから、必ずそういう面が根底にある。
だからこそ、みんな一緒、は避けて通るくらいでバランスがいいと思っている。

同じような、「ような」悩みはあるだろうが、同じ悩みはない。

人それぞれ、悩みは違う。

ただ、皆悩んでいるんだということは知っておく。
オレだけじゃないんだ、は、安心の言葉であると同時に、自分の殻に閉じこもるな、という叱咤でもある。
別の言い方をすると

「被害者ヅラしてんじゃねぇ!」

ということだ。
この言葉は、他人に対してではない。
自分の中にある被害者意識に対して放つ言葉だ。
それがなくなると、自戒、反省、嘆異が一切なくなる。
それでは、けっして人とわかり合うことはできない。

自戒・反省・歎異というところで他者と繋がることが大事だ。

悩みをなくすのではなく、互いに悩みを持つ者同士、互いの悩みを相手を通してまた違った角度から見つめていく事が大事だ。

そうした関係性の上で、独りじゃないんだな、と感じていく共存意識は、右へ倣え・みんな一緒・集団化を前提とした共存意識と違い、隣と一緒である必要がないという大前提の上の「いっしょ」であるから、裏切りであるとか、強要であるとか、共依存というものがない。

これはあくまで自分のありたいスタンスでしか無い。

ただ、みんなといっしょは、縛りでしか無く、必ず自分を追い込むことになる。
自分よりもカテゴリーが、みんなが大事になり、最終的には自分がなくなる。
なんの疑いも持てない、ただデータを打ち込まれたロボットよろしく無感情に生きることになりかねない。

バラバラでいっしょ、がいい。

持ち物も、宝物も、何もかもみんなとバラバラだけど、ある一点で繋がっている。
そうありたい。

だから、色々な出会いを通して、その「ある一点」てのを探しているんだ。

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