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愛の解釈

様々な概念に対し30年間の人生から自分なりの答えを書き残そうと思います。第1弾は『愛』

結論、『愛』とは『I』である。

それは対象を愛する、強く想い続けることで、やがて私を成す一片のファクターとなるという意味です。愛の大きさ/深さは、今現在において、自身の世界観で対象が何割を占めるかといえます。

愛を育てるには「時間」と「感情の動き」の2つ因子が大きく寄与していると考えます。共に過ごした、胸にあった時間が長くなるほど愛は大きく、感動で感情が振れるほど愛は深まります。「大きさ」、「深さ」にポジ/ネガの方向性を加えた3D構造が『愛』の形を定義づけには丁度よい指標になると感じています。

『愛』の性質についても共有1点。それは一方通行であること。愛は自分の中で湧出、醸成するものなので、他人と共有されるものではない。自分がいくら愛を注いだとしても、対象が同じだけの愛を返してくれるとは限らないことを留意したい。人と人とが愛し合うとは互いの『愛』の形が重なり、共依存となった奇跡の状態である。だからこそ相思相愛は尊く美しさを伴うのではないだろうか。

ここで私が思う『愛し方』の善し悪しを示したい。決して特定の個人を批判する意図はなく、一個人的な主張と捉えてほしい。私が善しとするのは「見返りを求めない」を求めない愛だ。対象を知り、理解を深めることに喜びを得る、純愛、マニア的な愛は、人にポジティブなモチベーションを創出してくれる。一途な想いは自身の成長の糧となり、スペシャルな才能となりえると強く感じている。私は【濃いオタク】は肯定すべきだし、より世間の地位が高まるべきであると心より望んでいる。

一方の悪しきとするのは、愛情を強要することだ。対象に自分の理想を押し付けることは『愛』の形の一つであれど、気色の悪い独りよがりでしかない。相手に対するリスペクトは円滑なコミュニケーションの基本である。自身の過去の反省として得た気づきの一つである。愛で人は形成されるからこそ、愛し方で人は変わる。人のキャラクターへ干渉することは尊厳に関われど、歪んだ愛し方は是正していくべきだと考えている。

最後に、結婚相手には善き愛を知る人を選ぶと良い。現実はゲームと異なり、自分の思い通りにいくことはほんの一握りである。何事も成るようになるからこそ、互いに期待をしすぎないパートナーはかけがえのない資産になる。結婚はスタートであり、二人が許す限りその先は続いていく。と、結婚4年目の私が『愛』を語るのであった。

『愛』とは『I』である。愛し合うことは二人の努力の賜物であり奇跡である。以上、30歳なりの解釈。

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