紙魚

⚘不定期更新⚘ 胸やけしない程度の砂糖菓子。

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マガジン

  • 紙魚的日常

    毎週日曜日更新。文庫2頁程度の創作恋愛物語です。当て馬も嫉妬もありません。心穏やかなパートナーとの日常を描きます。

最近の記事

「オレンジが好きと言いたい」

憧れの人がいる。 「ねえ〇ちゃんは何色が好きー?」 「やっぱり水色だよね?」 「ピンクでしょ!?」 「んー」 「オレンジ!!」 桃水戦争。ピンク派閥と水色派閥の壮絶な戦い。女の子の好きな色はピンクか水色。この世界にはありとあらゆる色が存在するのに、好きな色はピンクか水色でなければならない。それ以外は選ぶことを許されなかった。選んではならないと思い込んでいた。 私はどちらも好きではなかったけれど、水色が好きだということにしていた。 「え」「ありえない」「オレンジってなに

    • 「花」

      はじまりはいつも「一目惚れ」だ。思い返せばあれもこれも。だんだん緩やかに好きになったと勘違いしていたけれど、最初の最初で決まってたんだ。ピンクが似合うお洒落な彼。彼の胸元に刺さるバラになりたい。眼鏡越しの鋭い視線に撃ち抜かれた彼。眼鏡をはずしたその先を見たい。階段を降りる時の手を差し出す仕草にやられてしまった彼。この手を取るのが一生、私だけだったらいいのに。私はいつも、そう思った瞬間、恋に落ちている。 散った恋を思い出すときには、はじまりの瞬間が再生される。彼にまつわる人生の

      • 「飴玉」

        名前を呼びあうことは日々をつなぎ留める作業だ どこにいるの そばにいて はなれないで ここにいて 好きな人の名前を何度も呼ぶ 飴玉を舌で転がすように 味わって 遊んで カランとなれば コロンと返ってくる 往復する音は私を安心させる ひとりぼっちじゃないことを知り 世界で二人きりになればいいと願う

        • 「赤髪」

           母は色白の肌に茶目に茶髪の巻髪。「色素が薄くていいね」と羨ましがられる見た目。その通りに体も弱く、よく貧血で倒れていたらしい。ただ、本人は黒髪ストレートにあこがれていたと言う。無いものねだりはお互い様だ。  私は父に似て地黒で真っ黒な目に黒髪ストレート。母に似た兄と比べられて「女の子なのにね」と言われたものだ。幼いころは知らぬ大人に勝手に残念がられ、思春期に入れば同級生から暗にけなされ「母に似ればよかったのに」と唇を噛んだことを思い出す。  「色素が薄いことには価値がある」

        「オレンジが好きと言いたい」

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        • 紙魚的日常
          7本

        記事

          「料理」

           「俺たちの趣味は料理ってことになるのかな」 ニラが浮いた鶏ガラスープに溶き卵を流しこみながら彼が言う。今日はニラ玉スープと炊き込みご飯。蒸気を吐く鍋の火を弱めてタイマーをセットする。ごはんはいつも鍋炊きなのだ。目は離せないけれど、その分ふっくらおいしく仕上がってくれる。つやつやのごはんをしゃもじですくう瞬間が好きだ。 「映画もよく行くよ。アニメも一日見てるけど」 趣味ねえ。料理はどちらかというと日常だと思う。寝て食べて働く。生きるために欠かせないもの。腹が減っては何とやらだ

          「料理」

          「あこがれ」

           珍しくテレビを見ていた。番組のあいだに流れるコマーシャル。楽曲の発売日を知らせる文言にふと、違和を感じる。アイドルグループのメンバーが「絶賛配信中!」と可愛らしい声をそろえていた。私が高校生の時は「NOW ON SALE」だったよな。渋い声の声優が流暢な発音で言うのだ。そうか、今はダウンロード販売なのか。ディスクを買って、パソコンに読み込んで、自分だけのプレイリストを作るのは時代遅れの作業なのか。そう気づいてふと、寂しくなる。あの手間が好きだった。初めてCDを買ったのはいつ

          「あこがれ」

          「落第賛歌」

           やった。うわ。やってしまった。失敗した。受験に落ちた。どうしよう。またあのいじめっ子たちと同じ教室で授業を受けるのか。嫌だ。イヤだ。いやだ。  母さん、そんな顔で見るな。優しい顔をするな。「大丈夫だよ」なんて言わないでくれ。頭を撫でないでくれ。抱きしめないでくれ。私は泣きたいわけじゃない。  悔し涙、出てくるな。お前が出てくる場面じゃない。頑張っていたことがバレるじゃないか。努力したのに失敗したなんて、ダサいじゃないか。目からあふれるな。頬を伝うな。足元に落ちるな。  笑え

          「落第賛歌」

          「さくら道」

          桜が咲くことが幸せなことではないのです。 また春が来たねと言い合えることこそが幸せなのです。 ねえ、ずっと僕の隣を歩いてくれませんか さくら道 / Aqua Timez  三月の末。私の生活は薄桃色の花で埋め尽くされる。街路樹、公園、車窓からの景色、職場の敷地。どこもかしこも桜が咲いている。散りゆく花びらで景色がぼやけるほどだ。桜が咲くことは私には当たり前で、幸せの象徴ではなかった。  五月。君と出会った。桜はとうに散って、ホタルが飛んでいたね。何度目かのデート。ホタルを見

          「さくら道」

          『宝石』

           友人に恋人ができたらしい。  友人は「好き」を多用する人間だ。彼女にとって、この二文字の価値は羽のように軽い。誰にでも言うし、いつでも言う。躊躇うこともなければ照れることもない。しかし、相手をまっすぐ見つめて、その整ったアーモンド形の目を輝かして発する「好き」は彼女以外の人間にとって、宝石よりも価値のあるものだった。  私は彼女を素直な人だと解釈していたけれど、勘違いする人は少なくなかった。だから彼女は勘違いしない私と過ごすことにしたようだった。平日も休日もともに過ごした。

          『宝石』

          「イヤホン」

          イヤホンを落とした。 駅のホームで。 線路の上に。 駅員を呼んで探してもらうも見つからず。 高架下、道路を見に行く。 車に轢かれて壊れていた。 外装が割れ、基盤がのぞく。 弾けた欠片を拾い集める。 大切にすると約束したのに。 涙があふれてくる。 ごめんなさい。 約束破ってごめんなさい。 メッセージを送る。 これを買ってくれた大切な人に。 不運だったね。 けれど、あなたに怪我がなくてよかった。 返信を読んでまた泣きそうになる。 きっと君は壊れたイヤホンを見て、 いつものように

          「イヤホン」

          「準備」

           俺は起きてからずっとベッドに腰掛けて彼女を見ている。彼女は起きてからずっと、姿見の前で服の着脱を繰り返している。  壁一面の押入れ収納。その中には彼女の服がぎっしりだ。上段には竿が取り付けられており、ワンピースやブラウス、しわになったら困るものをハンガーにかけて収納している。下段には引き出しを入れ、下着や仕事着、パジャマなどがぎゅうぎゅうに詰められている。時々、圧縮に耐えかねたセーターが袖をたらりとはみ出させ、彼女を少しだけ苛つかせているのを、俺は知っている。  あふれるほ

          「準備」

          「ホットケーキ」

           23時就寝、6時30分起床。身支度を整える間に湯を沸かす。紅茶に砂糖を入れる。スプーンに山盛り1杯、2杯、3杯。これが私の朝食。  もともと食への興味が薄い。一人暮らしを始めて、平日2食、休日絶食という生活を続けていたら体重が3kg落ちた。これは良くないなと思うものの、作るにも食べるにもエネルギーが必要で、費用もかさむので、重い腰はなかなか上がらなかった。特に朝食は時間もないので省略しがちだ。  母は私に朝食を食べさせるため、いろいろと工夫をしたらしい。一口サイズのおにぎり

          「ホットケーキ」

          「雨の日」

           雨は私を薄暗い不自由な世界に閉じ込める。  頭が痛い。体が重い。瞼も重い。とはいえ仕事にはいかなければならない。せめてこの暗い気持ちを晴らそうと、青空模様の傘を買った。どんよりとした日もこの傘を開けば私の頭上は晴天になる。落ち込んだ心が少し、上を向いた。薬を飲んで頭痛を散らし、出勤する。道中靴下にしみこむ雨水は私の足先だけでなく心も冷やす。長くつを履けば一日濡れた靴下で過ごすこともない。それに水たまりを気にせずざぶざぶと歩くのは小学生以来で心地よい。  こうやって、少しずつ

          「雨の日」

          「歯ブラシ」

           「歯ブラシが並んでいるとうれしくなる」  彼がなんとなしにつぶやいた。そういうのでいい。そういうのがいい。  秘密基地が少しずつ侵略されていく心地よさ。あったものが二倍になったり半分になったりして、なかったものが増えていく。洗面台には歯ブラシが二本並んで、本棚には同じ本が二冊ある。ベッドは狭くなって、寝返りが打てない。その窮屈さを愛おしいとさえ思う。食べなかったお菓子を食べるようになって、甘いもののすばらしさを知った私はもう、元には戻れない。彼が持ち込んだ様々なものが私の生

          「歯ブラシ」

          自己紹介という名のプロローグ

           シェイクスピアには、すべての愛の原形があるのです。そこらに流布する恋物語など、すべてここから派生した通俗に過ぎないのです。 ー山田詠美 "紙魚的一生" タイニーストーリーズ  社会人と呼ばれるものになるまで、恋愛を知らずに生きてきました。この世界にあまたある恋愛小説を実感を持って読むことができる日を楽しみにしていました。シェイクスピアを、ディケンズを、伊坂幸太郎を、山田詠美を。毎日耳にするラブソングを共感を伴って聞くことができる日を待ち遠しく思っていました。YUIを、Aq

          自己紹介という名のプロローグ