「オレンジが好きと言いたい」

憧れの人がいる。

「ねえ〇ちゃんは何色が好きー?」
「やっぱり水色だよね?」
「ピンクでしょ!?」

「んー」
「オレンジ!!」

桃水戦争。ピンク派閥と水色派閥の壮絶な戦い。女の子の好きな色はピンクか水色。この世界にはありとあらゆる色が存在するのに、好きな色はピンクか水色でなければならない。それ以外は選ぶことを許されなかった。選んではならないと思い込んでいた。
私はどちらも好きではなかったけれど、水色が好きだということにしていた。

「え」「ありえない」「オレンジってなに?」「センスないわー」

散々だった。センスなんて理解していないであろうおこちゃまたちは、それなのに怒り心頭だった。思い返す度に笑ってしまう。

「オレンジ!」と高らかに宣言した彼女は学校を休みがちで、女子たちのどうしようもない派閥戦争を把握していなかったのだ。好きな色を聞かれたから答えた。ただそれだけだった。

クラスの19人の女子のなかピンク派が9人、水色派が9人。彼女に選ばれたほうがこの無益な争いに勝利するはずだった。それなのに「オレンジ!!」だ。そりゃあ桃水戦争の首謀者からすればナンセンス極まりなかったことだろう。しかし多様性なんて存在しない世界で、彼女の声は確かに私の心に刺さった。

言っていいんだ。
ピンクと水色以外の色の名前。

本当に驚いたのだ。誰かの傘の下で守られることしか考えていなかった私にとって、それはもう、本当に、晴天の霹靂だった。

「オレンジが好き」

あれ以来、私は何度もこの呪文を唱える。

長いものに巻かれぬように。
見て見ぬふりをしてしまわぬように。
口を閉ざさぬために。

私が私であるために。

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