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「人生と愛と死の三つだけだよ。それ以外のものはすべてその三つに含まれているんだ」

■ガブリエル・ガルシア=マルケス『物語の作り方』

状況は三十六通りあると言われるけれども、実際はそんなにないんで、人生と愛と死の三つだけだよ。それ以外のものはすべてその三つに含まれているんだ。(P.250)


よく内容を知りもせず、ほぼタイトル買いだったこの本。

読んではじめて知ったのが、ガルシア=マルケスが脚本家でもあった、という事実。私がこれまでに読んだのは『エレンディラ』の一冊のみで「純文学の人」というイメージが強かったから、(ドラマの脚本も書けるような)大衆的な感性ももつ人だったんだ!と、良い意味で驚いた。

この本は、そんなガルシア=マルケスが指導する「シナリオ教室」におけるディスカッションをまとめた一冊である。彼は、迷える仔羊たち(=生徒。といっても社会人学生という感じ、実際にプロで活躍している人もいる)のシナリオに方向性を与え、導き、まとめ上げるという役割を果たす。

難しい言葉は使わずに、状況を素早く理解し、否定は避けながらも間違いはきちんと正す指導者。

これは個人的な好みにすぎないが、才能があるだけでなく、指導者たりうる包容力のある人物はぐっと好感度が上がる。物理学者のファインマンさんもそうだった。

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で、肝心のシナリオ教室がどんな感じかというと、これがとにかく面白い。一冊の中に20近いシナリオが出てきただろうか?基本的には「30分ドラマ」を作るという縛りで生徒がそれぞれ考えたストーリーを持ち寄り、より良くするための議論を行う。

わりと平凡なストーリーから、見たことも聞いたこともないような突飛なものまで、幅広い案が出てくる。コメディもシリアスも、ロマンティックも……。それをひたすら読んでいった。

私は映像関係の仕事にまったく明るくない。だから脚本家という仕事の内容自体が新鮮だったし、彼らが成果物に向かうプロセスが興味深かった。

しかし繰り返しそのプロセスを読んでいると、次第に「やっぱ何かを創るってこういうことだよなぁ」と、じわじわ共感がこみ上げてきた。

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まず、発言者が抱く大まかなイメージがある。それは、ストーリー以前の「こんな感じの作品がいいなぁ」という雰囲気に近い。

次に骨格となるストーリー、つまりプロットが必ず求められる。このプロットをブラさずにどんどん肉付けしていくことになる。

しかし細部を考えて「あれも面白そう」「これもいいね」と話しているうちに、最初に抱いたイメージやプロットからのズレが生じてくる。ここで基本的には原初のイメージやプロットを変更しないほうがよいものだが、ディティールを考えて初めて全体に還元すべき素晴らしいテーマが発見されることもあるので、最初の案に固執すべきかどうかの判断は難しい。

そうして大と小、全体と細部、プロットと描写──という行き来を延々と繰り返していくうちに、物語がある手応え(成果)に到達する瞬間があるようだ。

とにかく、捨てることを学ばなくてはいけない。いい作家というのは、何冊本を出したかではなく、原稿を何枚くずかごに捨てたかで決まるんだ。(P.14)

こういうプロセスはすべての創作に通じるものと感じられ、学ぶところが多かった。結局はバランス感覚つまりセンスの問題だ──と言ってしまうと身も蓋もないのだけれど、センスを醸造してくれるのは一にも二にも経験だと私は思っている。彼らも、経験を重ねている途上なのだろう。そういう議論を読むのが純粋に心地いい。

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何よりも、彼らはとにかく楽しそうなのだ。

わたしにとって、ストーリーというのはおもちゃみたいなもので、それをいろいろに組み合わせ、組み立てていくのが遊びなんだ。(P.263)

私は、物語を作ろうと思ったことが人生で一度もない。興味がないうえに才能もない。私の脳味噌は物語を育てるように作られていない。だから、これだけ文章を書くのが好きでも、一度もフィクションを書こうとしなかった。

実はそのことに後ろめたさを覚える瞬間もなくはない。ノンフィクションしか書けない人間は相対的に価値や能力が低いと感じられてしまうことがあった。

一方、ガルシア=マルケスを筆頭にして、彼らはとにかく物語を考えるのが好きなようだ。素晴らしいことだな、と思う。

人には向き不向きがある。好きなことをやるのが一番いいのだ。楽しいことを続けられるって幸せなことだ。楽しいからこそ経験が積めて、センスが育つのだ。そう、好きこそ物の上手なれ。……すごく当たり前の話になってしまうけれど、あらためてそう思った。

私の場合は、物語を読むことは大好きだけど、「物語を作る」よりも「現実を考える」ほうが何倍も好きだな。と、読んで再確認できた。

物語は作りたい人に任せておこうと思う。楽しいことに夢中になる人を見ているのは気持ちがいいし、自分もそうありたい。


自分の仕事に不安を感じるのは恐ろしいことだけど、一方で何か価値のあることをしようとすれば、どこかにそういう気持ちがなくてはならないんだ。すべてを知り、疑うことを知らない傲慢な人間は、結局どこかでつまずき、それがもとで死んでいくんだよ。(P.286)

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